夜遅くなっても食べやすいよう軽めだが栄養が考えられたメニューで、昔食べていた祖母の料理に似た優しい味付けだった。
羽海も朝から仕事をしているのに、料理だけでなく洗濯もこなし、家の中は本領発揮とばかりにどこもピカピカに磨かれている。
今まで女性から言外に高価な買い物をねだられたことはあるが、相当の対価だと納得したのは羽海に対してだけだ。
だからこそ礼のつもりで女性に人気だというブランドのバッグをプレゼントしようとすると、あっさりいらないと突き返されてしまった。
(百万のバッグより、料理を食べてくれればいいと? そんな欲のない人間がいるのか)
しかし考えてみれば、気を引きたいだけの女だったら彗が気付かないかもしれない窓の網戸やサッシまで掃除したりせずに、弁当や朝食を用意するなどわかりやすいアクションを起こすだろう。
そうではなく、ただ居心地のいい家を維持してくれている羽海は、彗がどう思うかなど関係なく、本当に家賃の代わりに家事をしているのだ。
それに気が付くと『家庭的なところをアピールする気か』などと言い放った過去の自分が自信過剰な男のようで恥ずかしい。
あとはもう坂道を転がるように、心が羽海に向かっていく。
恋愛する気は欠片もなかったというのに、先程の羽海の発言と、そのあとに初めて見せた飾らない笑顔に心を奪われてしまった。
彗にとって、まごうことなき初恋だった。



