常に他人と一定の距離感を保っていた彗は、羽海に初日から鍵を渡して勝手に部屋に入られるのに抵抗があり、仕方なく待ち合わせをして一緒に帰ることにした。

図々しく身の回りの荷物を送ってきながら、本当にここに住んでいいのかと聞いてきたり、家賃や家事を気にしたりと、謙虚な言動がちぐはぐで苛立ったが、羽海は彗が想像していたような女性ではなかった。

どうしても無理なら、いくら多恵の友人の孫とはいえ断ればいいと考えていたが、羽海は彗に一切執着してくる気配がない。

あくまで同居は実家に住めないから仕方なくだと言い、結婚をする気はないとこちらを睨んで言い返してくる。

物怖じせずにハキハキ喋る口調、媚びた色のない真っ直ぐな眼差しがやけに印象に残り、自分に興味がなさそうなところが結婚相手に最適だと感じた。

羽海を逃してはならないと直感が働き、必ず結婚すると彼女にも宣言した。

何度結婚の話をしても毎回面倒くさそうな顔を隠さずに断ってくるし、それどころか仕事がしにくくなるから病院で親しげに話しかけてくるなとさえ言われる。

不思議なことに、いつの間にか結婚に頷かない羽海との言い合いをどこか気に入っている自分がいた。

(あんな風に俺に言い返してくる女なんて、会ったことがない)

『無駄で不要』だと酷い言い草で切って捨てたにも関わらず、翌日には夕食が用意されていた時には驚いた。