そんな羽海の話をにこやかに聞いてくれた多恵が、まさかこの病院を運営する財団の理事長だったとは。
まさに病院や介護ホームなどを経営している多恵に対し、自分のちっぽけな夢を語ってしまったのが恥ずかしい。
多恵との会話を思い出しながら、キッチンカーを呼べるほどの敷地がある広場に辿り着くと、複数の女性に囲まれた彗の姿があった。
彼は羽海を見つけると、無表情にその輪から離れてやって来る。
私服姿の彗を見たのは初めてだが、ミルクティー色の開襟シャツに細身の黒いパンツというシンプルな出で立ちが着る人の素材を引き立てていた。
彼に背を向けられてしまった女性たちがこちらを睨みつけているのが見え、羽海はどんどん気分が落ち込んでいく。
(これ、明日から絶対働きにくくなってる気がする……)
羽海の仕事は基本的に割り振られた担当場所をひとりで清掃するのだが、この病院に派遣されて二年目の今は九階から十六階の病棟を日替わりで担当していて、十二階から十四階を任されることが多い。
定期的にその病棟に勤務する看護師と打ち合わせを行い、掃除が行き届いていない場所がないかの確認をするのだが、先週打ち合わせした可愛らしい雰囲気の仁科という看護師は何度も顔を合わせているにも関わらず、いまだに羽海を「清掃員さん」と呼ぶ。
仁科だけではない。これまでも何度かそうした扱いを受けてきたので、身に滲みて分かっている。なぜか作業着を着て掃除をしていると、理不尽に見下されるのだ。



