羽海が彗に惹かれるきっかけとなったのは、医師として尊敬できるという部分だ。
痴話喧嘩にもならないようないざこざで、命を懸けた現場で働く職務を疎かにする彗など見たくない。
「早く」
「……悪い」
躊躇いながら不機嫌な声音で電話に出た彗だが、すぐに医師の顔になり、相手からの情報を聞き取った上で指示を出している。
専門用語が多くて羽海にはわからないけれど、どうやら彗が担当する患者の急変と、事故で救急に多数の患者が運ばれてきたタイミングが重なってしまったようで、夜勤の医師だけでは対応しきれないようだ。
「俺が執刀する。各所連絡して準備してくれ」
頼もしく真剣な横顔に性懲りもなくときめく自分に、呆れを通り越して苦笑が漏れた。
いくつか会話をやり取りし「十五分で行く」と告げて通話を切るボタンをタップした彗がこちらを振り返る。
「必ず説明する。羽海、俺を信じろ」
真剣な眼差しを向けられ、きゅっと息が詰まる。
ここでごねるわけにはいかない。命の危機に瀕し、医師としての彗を必要としている人の元へ向かってほしい気持ちは本当だ。
けれど、彗を信じろという命令に頷くことはできなかった。



