「羽海さん、この子のことは知ってるかしら?」
(こ、この子……?)
多恵から投げかけられた質問の意味よりも、親しげな呼び方にぎょっとする。しかし彼女にとったらどれだけ優秀な医者だろうと院長の息子だろうと、三十そこらの年齢なら息子や孫のような感覚なのかもしれない。
彗の噂は、ただの清掃員でしかない羽海の耳にも届いている。
患者相手だろうと必要以上に笑顔を見せず、常に冷静で冷たさを感じさせる雰囲気の傍若無人な俺様。
使えない相手には容赦なく辛辣な言葉をぶつける横柄な態度で、特に向上心よりも野心を持って近付いてくる医師や、仕事そっちのけで言い寄ってくる女性には殊更に冷たく、彼らを撃退する時だけは嫌みなほど綺麗に作った笑みを貼り付けて完膚なきまでにぶった斬ってしまうらしい。
心臓血管外科医としての腕は超一流なのと、次期院長と目されているため、彼に注意できる者はいないのだとか。
そんな残念な噂を補ってあまりあるほどのイケメンぶりとハイスペックさに彗を狙う女性は後を絶たず、以前は彼の恋人が病院にまで押しかけてきたことがあるなど、院内を清掃しているとそんな話を聞くのは日常茶飯事で、羽海は会ったこともない彗にあまりいい印象を抱いていなかった。
そんな彼が、なぜ急に祖母の病室に現れたのか。
貴美子が入院したのは骨折が原因のため、主治医は整形外科の医師だ。彗は心臓血管外科で関わりはないはずなのに。



