新そよ風に乗って ⑤ 〜慈愛〜

車寄せに高橋さんの車が見えてポーターが車のドアを開けてくれたので、ぎこちなくお礼を言っていると、高橋さんは流れるような仕草でポーターにチップを渡して車に乗った。
何時見ても、様になってるなぁ。
車に乗って支社に向かう途中、高橋さんが信号待ちでこちらを向いた。
「さっきの話の続きだが、何だ?」
「は、はい。あの・・・・・・土曜日にアウトレットに行くお話ですが、その日にアウトレットに行くのは中止にしませんか?」
「・・・・・・」
「た、高橋さんも、山本さんとのお食事の約束もあるわけですし・・・・・・その日は、お互いフリーで・・・・・・べ、別行動にしませんか?」
「・・・・・・」
高橋さんが、何も言ってくれない。
「あ、あの、私もその日は、1人で市内観光とかしようかなぁって、思ってたりしまして・・・・・・」
「・・・・・・」
ど、どうしよう。
高橋さんが、何も応えてくれない。
「い、いけませんか?」
「ちょっと、考える」
エッ・・・・・・。
高橋さんが前を向いて言い含んだような言い方をすると、ちょうど信号が青になったので、そのまま車を発進させた。
【ちょっと、考える】 って・・・・・・どういう意味なんだろう。
やっぱり、せっかくアウトレットに連れて行ってくれると言ってくれた約束を断ってしまったことで、高橋さんが気分を悪くしてしまったのかもしれない。
ああ。もっとよく考えてから言えば良かった。そう後悔しても、もう遅い。
重たい雰囲気のまま支社に着くと、相変わらずアメリカ式hugの光景を今朝も嫌というほど見せつけられ、余計気分が重くなってしまう。
そんな光景を避けるようにキャビネットの方に向かい、今日使う書類を長机の上に並べ始めた。
視界に入ってしまうと、穏やかな気持ちではいられない。どうしても、心がざわついてしまうもの。見ないようにするには、仕事に打ち込むのが一番。何かに没頭していれば、見なくて済むから。
そう言い聞かせて、まだ始業前だったが書類を並べて準備に取り掛かった。
「早いな」