新そよ風に乗って ⑤ 〜慈愛〜

「す、すみません」
慌てて、手を休めていた書類を並べ替える作業を再開した。
「じゃあ、今日も始めるぞ」
「はい」
高橋さんが着席したので、急いで残りの書類を並べ終えた。

「切りのいいところで、今日は終わりにしよう」
「はい」
まだ書類は残っていたが、高橋さんに言われて仕事を終わりにすることにした。
こちらの就業時間は、日本と違って残業というものがない。ビルのセキュリティ上、入館出来る時間が限られている。そのため、その入館可能時間内に仕事を終わらせてビルから出なければならない。
そう言えば……。
車でホテルに帰る途中、ふと朝のことを思い出した。
朝、太田さんと話していた後、支社長との話の結果はどうなったんだろう?
「あの、高橋さん」
「ん?」
「今朝、太田さんとお話しされていた件は、その・・・・・・大丈夫だったんですか?」
「ああ。問題ない。大丈夫だ」
「そ、そうですか」
少し素っ気ない返事の仕方に、聞いてはいけなかったんだと後悔した。
ホテルに戻って食事を済ませ、コーヒーを飲み終わったのでカップを洗おうとキッチンに向かうと、後から高橋さんが持ちきれなかったグラスを持ってきてくれた。
「すみません。ありがとうございます。後、片付けておきますので、ゆっくりされていて下さい」
「ありがとう。じゃあ、グラスを拭くよ」
そう言って、高橋さんが洗ったばかりのグラスを拭き始めてくれた。
「ありがとうございます」
「そうだ。今度の週末、かおりと食事に行くから」
「えっ?」
週末って・・・・・・。
やっぱり、山本さんと食事に行くことになっちゃったの?
「あの・・・・・・せっかく久しぶりにお会い出来たのですから、高橋さん。山本さんと、お2人で食事にいらして下さい」
「ハッ? お前は、どうするんだ?」
「あっ。私のことは、気にしないで下さい。週末になれば、ここら辺の地理にも慣れてくるはずですし、ガイドブックも持ってきているので自分で行きたい場所に行ってみますから」