新そよ風に乗って ⑤ 〜慈愛〜

太田さんが驚いた声で聞き返した。
「心配するな。ほら、太田。今日見る分の帳簿書類を見せてくれ。少しでも、先に片付けておきたい」
「分かりました。今、お持ちします」
太田さんは、急いでキャビネットの鍵を開けると書類を出してこちらに運び始めた。
「Good morning!」
そこへ、支社長が出社してきて、思わず高橋さんを見ると書類に目を通していたが、支社長がガラス張りの支社長室のデスクにバッグを置いて座ると、程なく書類を持って高橋さんが支社長室の方に向かって歩き出した。
朝から、何だか緊迫したムードが流れていて嫌だな。
「これ、此処に置いていいかな?」
エッ……。
見ると、太田さんが抱えた書類を高橋さんが座っているデスクに置こうとしていた。
「は、はい。ありがとうございます」
「それじゃ、よろしく」
「あの……」
無意識に、戻り掛けた太田さんを呼び止めていた。
「高橋さんは、大丈夫ですか?」
「……」
太田さんは、ジッとこちらを見たまま黙っている。聞いたら、まずかったのかもしれない。
「す、すみません。何でもないです。呼び止めてしまって、申し訳ありません」
「そう。でも、何かあったら呼んで」
「あっ、はい」
「でないと、僕も落ち着かないから」
太田さん……。
「おはよう」
エッ……。
「おはようございます」
見ると、山本さんが後ろに立っていた。
「お、おはようございます」
「太田。何が、落ち着かないって?」
「山本さん。立ち聞きは、良くないですよー」
「あら、そんなことないわよ。偶々、事務所に入ってきたら聞こえちゃったんだから仕方ないでしょう?」
「そうなんですかー? それならいいですけど」
「で? どうして落ち着かないのよ」
山本さんは、間髪入れずに太田さんに詰め寄った。
「高橋さんが、支社長が日本に出した案件を白紙に戻そうとしていて……」
「ふーん……」
「山本さん。そんな暢気な返事をしないで下さい。山本さんもよくご存じのあの支社長ですよ? もう99%、その気になっている支社長をいったいどうやって説得するんです。いくら高橋さんでも、それは……」
「無理だとでもいうの?」
「無理っていうか……」
「もっと、貴博を信用したらどう?」
「勿論、信用してますよ。信頼してますから。でも、支社長相手では、考え方も違うでしょうし……」
「だから、説得出来ない?」
「……」