新そよ風に乗って ⑤ 〜慈愛〜

「あのピアノを弾いている時の所作は、ただ者ではないもの。いろんな意味でね」
山本さん。この人は、私なんかより高橋さんのことを本当によく見ている。そして、理解している。
俯きながら、グラスを持つ両手に力が入っていた。そうしていないと、冷静さを保っていられないような気がして。
「どうした?」
エッ……。
いつの間にか、目の前にグラスを持った高橋さんが立っていた。
「何、深刻そうな顔をして座ってるんだ?」
そう言いながら、高橋さんが私の顔を覗き込んだ。
「い、いえ、何でもありません」
「……」
「あら、貴博。女の子には、女の子同士の話っていうものがあるのよ。そのぐらい、貴博だって知ってるでしょう? ねぇ? 陽子ちゃん」
「えっ? あっ、あの……それは、その……」
「女の子?」
返答に困っていると、高橋さんは微笑みながら山本さんに聞き返した。
「そうよ。私は女だけど、陽子ちゃんはまだまだ女の子よ。それに、女は幾つになっても女の子で居たい、在りたいと潜在的に思っているんだから。そこのところ、よろしく。貴博」
幾つになっても女の子で居たい、在りたい……。そうなのかな? 私は、早く大人の1人の女性として、女として見られたいと思っている。でも、そう思っていること自体、まだ大人になりきれていないからかもしれない。
「そう」
「そうって、何よ!貴博。そのおざなりの返事は」
「そうか? そんなつもりはないが」
「もう。いつもそうなんだから」
高橋さんと山本さんの楽しそうな会話を間近で聞きながら、早く帰りたい気持ちでいっぱいだった。
「もう少ししたら……」
「TAKA!」
言い掛けた高橋さんの後ろから、いきなり女性が抱きついてきて高橋さんに話し始めてしまった。
背中を向けた高橋さんのジャケットを見つめていると、指先で肩をツンツンされたので顔を向けると山本さんが微笑んでいた。
「言ったでしょう? 秘めた部分が多ければ多いほど、それはもう本当に魅力的に感じるものだって。それを地でいってるんだから、貴博は。無意識にね。だから惹かれるの。多くを語らない。己の考えを、押しつけない。ある意味、狡いのよ」
狡い?