新そよ風に乗って ⑤ 〜慈愛〜

高橋さん……。
何だか、胸をキュッと締め付けられている気がした。
「驚いた。貴博が、そんな風に私のことを見ていてくれたなんて思ってもみなかったから。それで、全て曝け出したらもうその後は、毎日がイエローカラーだった。1日があっという間に過ぎていってしまって、寝るのも惜しいぐらいだったのよ。人間って、不思議よね。こうやって、笑って話せる日が来るんだから。その時は、夢にも思っていなかったけど。フフッ……」
何だか似ている。どん底だった山本さんを救い出してくれたのは、高橋さん。私にいつも救いの手を差し伸べてくれるのも、高橋さん。高橋さんは、みんなに平等で……。分かってはいたけれど、でも……私だけじゃなかったんだ。仕事とは? と、悩んでいた新入社員の頃、いつも手を差し伸べて道標を見失わないように誘ってくれた高橋さんに本当に救われた。だけど、それは……私は、救われたではなく、私も、救われたというのが正しかったんだ。
この3年間、私は高橋さんの何を見ていたんだろう。 何も、見えていなかったんじゃないだろうか。見ていなかった。
『かおりは高橋さんのNEW YORKの彼女だから』 太田さんが言ったとおり、山本さんは高橋さんのNEW YORKの彼女なんだ。
「Please play the piano, Takahiro」
急に山本さんが、大きな声で高橋さんの方に向かって叫んだ。
見ると、レストランのピアノ演奏をしている人が席を外し、高橋さんに座るよう周りに居た支社の女性達が押している光景が見えた。
「貴博ね、ピアノが弾けるの。知ってた?」
「そうなんですか……」
もう、何も言わないで欲しい。
私の知らない高橋さんを知っている山本さんの言葉の1つ1つが胸に突き刺さる。
「何時だったか、支社の女子社員が結婚が決まって退社するのでパーティを開いた時、貴博に何か餞の言葉をお願いしたら、まだそんな大切な人生の門出に相応しいスピーチが出来るほどの人間に成長していないので、ピアノでってね。その女子社員は貴博より年上だったから、貴博のことだから配慮して、きっとそうしたんだと思うんだけど」
高橋さん……。
「そうそう。その時、弾いてくれた曲の作曲者が私大好きで、その中で一番好きな曲も弾いて貰いたくて後でリクエストしたんだけど、見事に断られたんだった」
「そうだったんですか」
高橋さんの姿を目で追いながら、遠くで山本さんの声が聞こえた。
「後で、何で弾いてくれなかったのか聞いたら、その曲はまだ今は弾けないって言われたの。とても意味ありげにね」
高橋さんと山本さんの絆は……。