新そよ風に乗って ⑤ 〜慈愛〜

そういうと、高橋さんは支店長と支店長代理の人に呼ばれていたのか、そちらの談笑の輪の中に入っていった。
高橋さんに言われたとおり、椅子に座ってオレンジジュースを一口飲みながら周りを見渡した。
大人の世界……。
飛び交う英語。異国の地。みんな手に持っているのは、アルコール類。でも、私はオレンジジュース。照明の関係で見ようによってはコーラルカラーに見えるオレンジジュースのグラスを目線のところまで持ってきて意味もなく見つめていると、グラス越しに誰かが前に立ったのが見えた。
「初めまして。私、山本かおり。よろしく」
差し出された手を見て、慌てて立ち上がった。
「矢島陽子です。よろしくお願いします」
握手を交わすと、山本さんという人の手はとても冷たかった。
「小さな手ね」
エッ……。
「可愛い」
握手をしている私の右手の甲に自分の左手をのせると、山本さんはそう呟いた。
「貴博とは、何時から一緒に仕事をしているの?」
何時から?
「入社してまだ3年目なのですが、仮配属で高橋さんの会計でお世話になって本配属で人事になって、その後、また会計に戻りまして……」
「そうなの? ということは、貴博がこっちに来ている間は人事に居て、あとは会計にってこと?」
「は、はい。そういうことに……なります」
山本さんは、面白い聞き方をする人だな。
「なーんか、貴博らしいわね」
「えっ?」
高橋さんらしい?
「高橋さんらしい……ですか?」
「うん。きっと、貴女もそのうち時が経てば分かるわよ。今は、身近に居るから気づかないかもしれないけれどね。人は、離れてみて初めて自分以外の人の有り難みが分かるもの。そういうものだから」
山本さんは、しみじみと高橋さんを見ながらそう言った。
山本さんの視線の先に居る高橋さんは、どんな風にその瞳に映っているのだろう? 私と同じように……。
「私ね、貴博がニューヨーク支社に居た頃、一緒に住んでいたの」
エッ……。
嘘……でしょう? 高橋さんと山本さんが一緒に住んでいたなんて、そんな……。
ああ。高橋さんのことを、全然知らない。知らないというより、知らないこと、知らなかったことばかり。高橋さんがニューヨークに出向していた間、どのような暮らしをしていたのかなんて、想像すらしたこともなかった。当時は人事に居たから、何処に住んでいるかぐらいは会社からの通達事項をメールで送信したり、必要な時は書面の送付をしていたので知っていた。でも、それは仕事上、知っていただけ。山本さんと一緒に住んでいたなんて、知るよしもなかった。
「貴博がニューヨークに居た頃は、本当に楽しかったわ。毎日がイエローカラーに染まっていたもの」
イエローカラー?
「フフッ……。きっと、その顔だと理解出来ていないでしょう? イエローの秘密、教えてあげるわ。でも疲れちゃうから、あっちに座りましょう。」