「TAKA! TAKA!」
夕食会が開かれるレストランに向かうと、朝と同じような光景を再び見る羽目になってしまった。またいつか高橋さんと一緒に出張に行くことがあるかは分からないけれど、もしそうなった時、海外に来る度にこの光景を見なければならないのかと思うと気が滅入りそうだ。
「貴博」
エッ……。
誰?
このニューヨークのマンハッタンで、聞き慣れた日本語が聞こえた。女性の声で……。
振り返ると、ヒールの音を小刻みに響かせながら高橋さんの方へと小走りに駆け寄ってくる女性が居た。
「貴博。久しぶり!」
「おお。かおり。久しぶりだな」
「逢いたかった」
女性は、身につけている幾つものアクセサリーがぶつかり合う金属特有の音をさせながら高橋さんに抱きつき、左首筋にキスをした。
う、嘘でしょう……。
お互いに背が高く、申し分のないスタイル。タキシード姿の高橋さんとパステルブルーのパンツスーツの女性。その抱擁している姿は、まるで映画の世界のような誰が見ても絵に描いたように素敵で、周囲から感嘆の声が漏れていた。
でもそれは、不思議な気持ちだった。大好きな人が異性と抱き合っている光景を目の当たりにしたというのに、嫌悪感というよりも、寧ろ美しいものを見て憧れに近い羨望の眼差しを向けている自分が居た。
「見せつけてくれるね」
エッ……。
その声に我に返ると、隣に太田さんが立って居た。
「良かったら」
そう言って、太田さんは2つ持っていたグラスに入ったアペタイザーとして振る舞われていたお酒のグラスの1つを私に差し出した。
「ありがとうございます」
かおりという女性は、日本人なんだろうか? 高橋さんと、どういう関係なんだろう? こんなに大勢の人の前で、躊躇いも恥じらいも怯むこともなく高橋さんに抱きついてキスをするなんて。それも、ごく普通に慣れている振る舞いと仕草で。欧米人ならともかく……。
「あの、太田さん。高橋さんと一緒に居る女性は、日本人ですか?」
「かおり? かおりは、日本人だよ。山本かおり。生まれも育ちも日本だし、両親も日本人。まあ、かおりは高橋さんのNEW YORKの彼女だから」
太田さんは、アペタイザーとして振る舞われていたグラスに入っていた食前酒を飲みながら教えてくれた。
「そうなんですか……」
「あれ? 驚かないの?」
「えっ? まぁ、はい」
山本かおりさん。あの女性は、日本人だったんだ。高橋さんのNEW YORKの彼女……。そう言われても、驚くどころか妙に納得出来た。あの光景を見てしまったら、誰だって納得してしまう。
太田さんがくれたグラスのお酒を一口飲むと、そのお酒で喉は潤っているはずなのに、喉の奥が渇き切って褐色にくすんだトパーズ色の風が吹き抜けたような枯渇した喉の痛みを感じた。この痛みは、お酒のせい? それとも……。
「おい。いい加減、離れろ。かおり」
「えぇっ? だって、久しぶりなんですもーん」
かおりさんという女性は、高橋さんの首に両手を巻き付けてなかなか離れようとしない。
あんな大胆な行動、自分には出来ない。周りの人で、人前でもし同じことを出来る人が居たとしたら、それは折原さんぐらいかもしれない。
そんな思いを抱きながら高橋さんを目で追っていると、立食で始まった夕食会で、高橋さんは支社の人達からのもてなしに恐縮しつつ、出席してくれている人達1人、1人に挨拶をして廻っていた。途中から呼ばれて高橋さんに付いて一緒に挨拶して廻っていたが、高橋さんの後ろを歩きながらその背中がとても遠く感じられた。タキシード姿の高橋さんのジェントルマンな自然な振る舞いを見ていると、いつもならその一挙手一投足にときめいてドキドキしてしまうはずなのに……。そのときめく気持ちも複雑で、目の前に居る高橋さんの手を伸ばせば触れられるその広い背中が、今日はやけに遠くに感じられる。
一通りの挨拶が終わると、高橋さんがオレンジジュースのグラスを手渡してくれた。
「疲れただろう? 椅子に座って少し休んでて」
「あの、高橋さんは?」
そうは言っても、1人にされるのがとても不安だった。
「そこら辺に居るから。何かあったら、遠慮無く呼びに来てくれ」
「はい……」
「大丈夫か?」
「あっ、はい。大丈夫です」
「ゆっくりしてろ」
夕食会が開かれるレストランに向かうと、朝と同じような光景を再び見る羽目になってしまった。またいつか高橋さんと一緒に出張に行くことがあるかは分からないけれど、もしそうなった時、海外に来る度にこの光景を見なければならないのかと思うと気が滅入りそうだ。
「貴博」
エッ……。
誰?
このニューヨークのマンハッタンで、聞き慣れた日本語が聞こえた。女性の声で……。
振り返ると、ヒールの音を小刻みに響かせながら高橋さんの方へと小走りに駆け寄ってくる女性が居た。
「貴博。久しぶり!」
「おお。かおり。久しぶりだな」
「逢いたかった」
女性は、身につけている幾つものアクセサリーがぶつかり合う金属特有の音をさせながら高橋さんに抱きつき、左首筋にキスをした。
う、嘘でしょう……。
お互いに背が高く、申し分のないスタイル。タキシード姿の高橋さんとパステルブルーのパンツスーツの女性。その抱擁している姿は、まるで映画の世界のような誰が見ても絵に描いたように素敵で、周囲から感嘆の声が漏れていた。
でもそれは、不思議な気持ちだった。大好きな人が異性と抱き合っている光景を目の当たりにしたというのに、嫌悪感というよりも、寧ろ美しいものを見て憧れに近い羨望の眼差しを向けている自分が居た。
「見せつけてくれるね」
エッ……。
その声に我に返ると、隣に太田さんが立って居た。
「良かったら」
そう言って、太田さんは2つ持っていたグラスに入ったアペタイザーとして振る舞われていたお酒のグラスの1つを私に差し出した。
「ありがとうございます」
かおりという女性は、日本人なんだろうか? 高橋さんと、どういう関係なんだろう? こんなに大勢の人の前で、躊躇いも恥じらいも怯むこともなく高橋さんに抱きついてキスをするなんて。それも、ごく普通に慣れている振る舞いと仕草で。欧米人ならともかく……。
「あの、太田さん。高橋さんと一緒に居る女性は、日本人ですか?」
「かおり? かおりは、日本人だよ。山本かおり。生まれも育ちも日本だし、両親も日本人。まあ、かおりは高橋さんのNEW YORKの彼女だから」
太田さんは、アペタイザーとして振る舞われていたグラスに入っていた食前酒を飲みながら教えてくれた。
「そうなんですか……」
「あれ? 驚かないの?」
「えっ? まぁ、はい」
山本かおりさん。あの女性は、日本人だったんだ。高橋さんのNEW YORKの彼女……。そう言われても、驚くどころか妙に納得出来た。あの光景を見てしまったら、誰だって納得してしまう。
太田さんがくれたグラスのお酒を一口飲むと、そのお酒で喉は潤っているはずなのに、喉の奥が渇き切って褐色にくすんだトパーズ色の風が吹き抜けたような枯渇した喉の痛みを感じた。この痛みは、お酒のせい? それとも……。
「おい。いい加減、離れろ。かおり」
「えぇっ? だって、久しぶりなんですもーん」
かおりさんという女性は、高橋さんの首に両手を巻き付けてなかなか離れようとしない。
あんな大胆な行動、自分には出来ない。周りの人で、人前でもし同じことを出来る人が居たとしたら、それは折原さんぐらいかもしれない。
そんな思いを抱きながら高橋さんを目で追っていると、立食で始まった夕食会で、高橋さんは支社の人達からのもてなしに恐縮しつつ、出席してくれている人達1人、1人に挨拶をして廻っていた。途中から呼ばれて高橋さんに付いて一緒に挨拶して廻っていたが、高橋さんの後ろを歩きながらその背中がとても遠く感じられた。タキシード姿の高橋さんのジェントルマンな自然な振る舞いを見ていると、いつもならその一挙手一投足にときめいてドキドキしてしまうはずなのに……。そのときめく気持ちも複雑で、目の前に居る高橋さんの手を伸ばせば触れられるその広い背中が、今日はやけに遠くに感じられる。
一通りの挨拶が終わると、高橋さんがオレンジジュースのグラスを手渡してくれた。
「疲れただろう? 椅子に座って少し休んでて」
「あの、高橋さんは?」
そうは言っても、1人にされるのがとても不安だった。
「そこら辺に居るから。何かあったら、遠慮無く呼びに来てくれ」
「はい……」
「大丈夫か?」
「あっ、はい。大丈夫です」
「ゆっくりしてろ」

