新そよ風に乗って ⑤ 〜慈愛〜

「申しわけありませんでした」
「何がだ?」
「無断で、お部屋に入ってしまって……」
「……」
今朝だけのことじゃない。俯いて謝っていては、駄目なんだ。
「高橋さん」
勇気を出して高橋さんを見ると、先ほどまで悪戯っぽく笑っていた高橋さんの顔から笑顔が消えていた。
「お部屋に入ってしまったことだけじゃなくて、いつもご迷惑ばかり掛けてしまって……」
今の気持ちを上手く表現出来ない。上手く言葉に出来ない。自分の思いを人に伝えるのって、本当に難しい。
「ハッ? お前。ジョークだぞ? 真に受けて、どうする」
「でも、私……」
「でもじゃない」
高橋さん……。
コーヒーを一口飲んだ高橋さんが、カップを置くと真面目な表情で私を見た。
「いいか? 失敗は、成功の元という言葉があるのを知ってるよな?」
「はい」
「その真意は、分かるか?」
その真意?
「失敗は成功の元なんて、よく考えてみれば無責任な言い方だよな。失敗したことには、変わりないだろうと言われたらどうするんだと俺なんか思ったりもする」
高橋さん?
「でも、たとえ失敗したことには変わりないとしても、その失敗を体験したことは事実。失敗を経験したことには変わらない。そうだろう?」
黙って頷くしかなかった。本当のことだし、高橋さんの言っていることがよく理解出来た。
「でも、失敗しなければ見えてこないこともある。今だって、お前は何かを掴んだ。経験は才能だ。その経験を無駄にするな」
「高橋さん……」
柔らかな瞳で私を見る高橋さんの表情は、とても優しかった。
「ほら。そろそろ支度して出掛けないと、遅れるぞ」
「は、はい」
急いでコーヒーを飲み干して、慌ててキッチンに食器を持って行って洗っていると、洗ったお皿を高橋さんが黙って隣で拭いてくれていた。
「す、すみません」
「それは、お互い様だろう?」
「キャッ!」
そう言うと、高橋さんがいきなりお皿を拭いていた布巾で私の頭を軽く叩いた。
「もぉ、やめて下さい。いきなり、そういう悪戯するのは」
「こっちに来ても、牛が居るな」
はい?