新そよ風に乗って ⑤ 〜慈愛〜

うわっ。
その声に振り返ると、高橋さんの顔が間近に迫っていたので、慌ててまた前を向いた。
な、何よ。全く、会話が噛み合ってないじゃない。せっかく、綺麗なネオンサインに感激していたのに……。 
「前より、少し痩せた気がする。ちゃんと、飯喰ってるか?」
『飯喰ってるか?』 って……もう、ロマンチックなムードもぶち壊し。
「ちゃんと食べていますし、痩せてもいませんから大丈夫です」
本当は、振り返ってキッパリと言いたかったが、さっき学習したので前を向いたまま返事をした。
「そうか、それならいいんだが……じゃあ、飯にしようぜ。腹減った」
高橋さんって人は、本当に……。さっきまでとは、大違い。今は、ムードも何もなくなっている。
「せっかく、貴重な夕陽と綺麗なネオンサインが見られて感激していたのに。本当に、高橋さんはデリカシーがないんだから。人がせっかく……キャッ……」
聞こえないように、前を向いたまま小声で独り言のように文句を言っていると、いきなり後ろに座っていた高橋さんが立ち上がって私を抱き上げ、サッシを開けると部屋の中に入って床に私を下ろした。
「はい、はい。この悲鳴をあげてる胃が大人しくなったら、文句は受け付けてやるから。取り敢えず、飯にしよう」
うっ。
聞こえちゃってた?
そう言ってベランダに置いてあった缶ビールを持ってサッシを閉めると、バキバキと音を立てて缶を潰しながら高橋さんがキッチンに向かって行ったので、大きく深呼吸をしてから慌てて追い掛けた。
夕食を済ませてお茶を飲んでいると、何だか疲れが出て来たのか眠くなってきた。
「フッ……。お前、眠そうだな」
「そ、そんなことないです」
何をしているわけでもなかったが、もう少し一緒にお茶を飲んでいたかったので慌ててくっつきそうになっていた目を見開いて否定した。
「疲れてるし、今日は早めに寝た方がいい」
「いえ、まだ大丈夫です」
「明日から、毎朝早い。ラッシュでハイウェイが混むから割と早めに出ないといけないし、先はまだ長いんだ。今夜は、大人しくもう寝た方がいい」
「はい。あの……」
「ん?」
「高橋さんは、まだ寝ないんですか?」
何だか先に1人で寝るのも気が引けるし、もったいない気がしたので何気に聞いてみた。
「ああ。もう少ししたら寝るから、気にしないで先に寝ろ」