新そよ風に乗って ⑤ 〜慈愛〜

高橋さんが指さした方を見ると、西の空に地平線を朱色に染めた夕陽が見えた。
「綺麗……」
無意識に、ベランダの柵に駆け寄っていた。
「もう直ぐ、陽が沈む」
後ろから高橋さんの声が聞こえて振り返ろうとしたが、高橋さんに強制的に前を向かされてしまい、そのまま沈む夕陽を黙って暫く眺めていた。
「何故だろうな。陽が沈む直前っていうのは、まだ今日は終わって欲しくないと思う気持ちからか、どんなに辛い日だったとしてもその日が名残惜しくなる。不思議だよな」
高橋さん?
振り向きたかったが、何となく憚られた。
本当は、その声に高橋さんが今どんな表情をしているのかが気になって振り返りたかったが、何となく見てはいけないような気がして振り返られなかった。
「きっと、今日は条件が良かったのかもしれない。真冬の日曜日だしな。これが平日だと、ラッシュで渋滞した車の排気ガスで霞んだり、天気次第では雲で隠れて沈む瞬間までは見られなかったりすることもある。何度もサンセットは見ているが、こんなに綺麗にはっきり見られるのは滅多にないかもしれない」
そうなんだ。
「そうなんですか。それじゃあ、凄くラッキーですよね。ちゃんと、目に焼き付けておかなくちゃ……」
そんな貴重な夕陽が見られるなんて……真剣に見入ってしまい、瞬きを何時していいのか分からなくなりそうだ。
「サンセットを見ていると気持ちまで壮大になってきて、何て人間はちっぽけなんだろうって思えてしまうな」
気持ちまで壮大になって……本当に、その通りだ。
「そうですね……」
この広大な世界で夕陽が沈む光景を見ていると、誰だってそんな感傷に浸ってしまうのかもしれない。
「寒くないか? 着いて早々、風邪でもひかれても困るから」
「えっ? あっ、大丈夫です」
少し寒かったせいか、無意識に両腕を左右の手で掴んでいた。
すると、高橋さんが自分の着ていたチャコールグレーのアーガイル柄のカーディガンを脱いで背中から掛けてくれた。カーディガンなのに、サイズが大きくてまるでジャケットのよう……。でも、ほんのりと高橋さんの香りがして鼻腔を刺激する。
ああ。いつも思う、いい香り……。この香りを感じているだけで、不思議と落ち着ける自分が居る。しかし、カーディガンを脱いだ高橋さんは、半袖のポロシャツ姿だった。
「あの、私は大丈夫ですから。高橋さんこそ、半袖で風邪ひいちゃったら大変ですから着ていて下さい」
慌ててカーディガンを返そうとしたが、それを制止された。
「大丈夫だ。こうしていれば、温かい」
「あ、あの……」
返そうとした拍子に右肩からずれてしまったカーディガンを直してくれると、高橋さんはいきなり後ろから腰に手を廻して私の頭の上に顎を載せながら、フワッと抱きしめた
だ、駄目だ。こんなことをされたら、心臓が破裂しちゃう。背中に温もりを感じながら、高橋さんの心臓の音が聞こえてくるなんて……。