新そよ風に乗って ⑤ 〜慈愛〜

「それじゃ、 Get set go!」
しかし、エレベーターを待っている間も先ほどの話の続きが気になっていたので、しつこいかと思ったが何だったのか問い掛けてみたけれど、高橋さんは笑って誤魔化すばかりで、結局さっきの話の続きは聞けずじまいだった。
何だったんだろう? 何故、高橋さんはあの時、震えていたんだろう? その理由は何も思い当たらず、さっぱり分からなかった。
車で少し走ったところに、巨大なスーパーがあった。日本では、きっとショッピングモール並みの大きさに値するぐらいの広大な敷地内にある巨大な駐車場。置いてある商品も半端じゃない数で、牛乳1つとってもその量は日本の3倍以上のサイズのものがざらで、それをまた普通に手にとってカートに入れていく人が殆ど。日本で売っているものがバラ売りだとすると、こちらではケースで売っている感じだ。
高橋さんがカートを押しながら、色々な食材をカートに入れていく。
「食べたいものあったら、入れていいからな」
「あっ、はい」
そう言った途端、直ぐにまた違う場所に移動している。高橋さんは何をやっても卒がないというか、無駄な動きがない気がする。
「コーヒーや紅茶はあるから、他に何か飲みたいものは?」
うわっ。種類が多過ぎる。それに……何? この巨大な牛乳パック。飲みきりサイズの陳列量より、牛乳の種類も多い。
「私は……」
「オッ! やっぱり、ビールは安いな」
高橋さんは、誰がそんなに飲むんですか? というぐらいの缶ビールを大量にカートに入れて、赤と白のワインも1本ずつ手に取っていた。
「これにします」
「フッ……。気に入ったみたいだな」
「えっ? ま、まあ……そうなんです」
私が手に取ったのは、グアバジュース。機内での出来事は思い出したくなかったけれど、グアバジュースは美味しかったので、すっかり気に入ってしまっていた。
高橋さんは、オリーブオイルとサラダオイルのいちばん小さいサイズのものを1本ずつ取ってカートに入れた。
あれ?
ふと、カートに入っている食材を見て疑問が浮かんだ。
「あのぉ……。主食は、どうするんですか? パンとか、ご飯とか……」
おかずになるものというか、お総菜は結構売っていたので、ハムとかタマゴ、サラダの材料もカートに入れていたが、明日から朝食はホテルの部屋で食べてから行くと高橋さんから聞いていた。夜の接待がある日を考慮に入れても、その他の日の晩ご飯や朝食のおかずになるものはあっても主食がない。どうするんだろう?
「ああ、大丈夫だ。もう、これでいい?」
「あっ……はい。えっ? でも、大丈夫って……高橋さん」
高橋さんは、結構食べる人だから何だか心配だな。これだけで、本当に足りるのかなぁ?
私の心配をよそに、高橋さんはどんどんキャッシャーの方へとカートを押して行ってしまい、慌てて後を追った。何といってもこちらのスーパーは通路の幅も広く、商品も高く積み上がっていて全体的にも広いから直ぐ見失ってしまいそうになる。キャッシャーに並びながら心配になって、もう一度、高橋さんに聞いてみた。
「主食がなくて、本当にこれだけで大丈夫なんですか?」
「いいから、心配するな」
高橋さんは、悪戯っぽく笑いながらキャッシャー台に商品を並べていた。いつもながら、高橋さんの思考がさっぱり分からない。
ホテルに戻る途中、高橋さんがちょっと用事があると言って、車を路肩に寄せた。
「すぐ戻るから、車で待っててくれ。ドアをロックしていくが、誰か来ても開けちゃ駄目だぞ」
「はい」
そう言うと、あっと言う間に高橋さんは道路を横断して反対側に行ってしまった。