新そよ風に乗って ⑤ 〜慈愛〜

そう言うと、戸田さんという人は私のバッグに目をやったので、高橋さんもそれに習って私のバッグを見た。
「宝探しゲームに、矢島さんの荷物を提供するつもりだったのか?」
「い、いえ、それは……それは、違います」
「では、何故バッグを持っているんだ?」
「高橋の部下か?」
「はい。私の直属の部下です。どうなんだ? 矢島さん」
「それは、その……今から家に帰ろうとしていたところで、それで部屋から出て来たら、ちょうど……」
そこまで言って、恐る恐る戸田という人の方を見上げた。
「ならば、何故それを早く言わなかったんだ?」
「も、申しわけありません。すみません」
戸田という人に問い返されて、まだ先ほどの怖さが残っていてお詫びをしながら素早く頭を下げた。
「高橋」
「はい」
「勘違いとはいえ、お前の部下を怒鳴って悪かった。この一連のあるまじき行為は、高橋に免じて許す。だが、隙を見てお前の部下を見捨ててドアを閉めた、不届き者の烏合の衆がこの部屋の中に居る。お前も管理職ならば、その後始末を何とかしろ」
「申しわけございません。ご迷惑をお掛けしましたこと、深くお詫び致します」
「頼んだぞ」
「はい。承知致しました」
高橋さんがお辞儀をしているので、それに習ってお辞儀をした。
「もう遅い。また、そのうちOB会でゆっくり話そう」
「はい。ありがとうございます」
「それじゃ」
「ご迷惑をお掛けして、申しわけございませんでした」
戸田さんという人を高橋さんと共に見送ると、力が急に抜けたようで、思わずバッグを床に落としてしまい、慌てて拾った。
「ちょっと、部屋に入って待っててくれ」
エッ……。
「あの……」
すると、高橋さんは目の前の部屋のドアをノックしていた。
「後で連絡する」
高橋さん。
「矢島さんは、部屋に入っていた方がいい」
「えっ? あっ、はい」
半ば押し込まれるような感じで、部屋の鍵を開けて中に入って慌ててドアを閉めたが、気になって仕方がない。ベッドの上にバッグを置いて、急いでドアに駆け寄りドアスコープからそっと覗いた。
「会計の高橋です。此処を開けて下さい」
高橋さんが、左手で4、5回ノックしながらドアの向こうに居る人達に話し掛けている。
何だか、ドキドキする。自分が呼ばれているような気がして……。
あれ? ドアの前に立っている高橋さんから少し離れた壁際に、誰か居るような気がする。けれど人影だけは見えるが、それが誰だかは分からない。
再度、高橋さんがノックしてから暫くするとドアが静かに開いて、中に居る1人の男子社員の姿が見えた。
「全員、宴会場に来るように」
「は、はい」
そう言うと、高橋さんはエレベーターホールの方に向かって歩き出したのか、ドアスコープから姿が見えなくなった。すると、ドアが全開になって応対した男子社員はエレベーターホールへと歩きだそうとしたが、その後ろから慌てて出てきた男子社員が、エレベーターホールとは逆の方に行こうとした瞬間、何故か床に倒れた。
「この期に及んで自分だけ逃げようとか、愚劣な考えなんか起こさないことね」
「痛ってぇ……」
お、折原さん。
「折原には、逆らわない方がいい。柔道五段、合気道師範だ」
エッ……。
静かに聞こえたその声は高橋さんのものだったが、それ以上に折原さんの柔道と合気道の強さに思わず息を呑んでいると、床に倒れ込んだ男子社員の襟を掴んで折原さんは左手だけで自分より上背のある男子社員を起こした。
「部屋を出る前に、全員Hold up!」
な、何?
折原さんの柔道と合気道の段位に驚いたのか、部屋の中に居る人達は素直にそれに従っているようで、折原さんはポケットから携帯を取り出すと何回かに分けて携帯のカメラで部屋の中に居る人達全員を撮影していた。
「これで、よし。こすい真似をしようとしても、証拠有りと。さあ、静かに宴会場に行って」
すると、静かに通路に部屋の中から全員が出て来た。
9人も居たの?