家に帰るとは、言わなかった。
「もし、良かったら一緒に飲まない?」
「ありがとうございます。でも、ちょっと用事があるので」
そう言って部屋のドアを閉めようとドアの方を向くと、ふと右奥の部屋の方で人影がしたので見ると奥の部屋から出て来た男性と目が合ってしまい、慌てて目を逸らすと、その男性は早足にこちらに向かって歩いて来て私の前で立ち止まった。
「いったい、何時だと思っているんだ!」
エッ……。
物凄い剣幕に驚いて顔を上げると、その男性は私を睨んでいた。
「す、すみません」
思わず、謝ってしまった。
「ドアも開けっ放しで、2部屋で騒ぎ立てて非常識にもほどがある。何だ? 今度はそんな大荷物持ち出して、他の部屋も使って宝探しゲームでもするつもりか! お前がリーダーか?」
「あ、あの、私は……」
持っていたバッグを見て、男性に問い質された。
どうしよう。怖くて顔を上げられない。もしかして、勘違いされてしまったの?
「黙ってないで、何とか言ったらどうなんだ?」
前の部屋の人達は誰も何も言ってくれないし、頭の上では男性の怒号がしている。
ああ、どうしよう……。
「聞こえてるのか!」
「は、はい。すみません」
「聞こえているんだったら、返事ぐらいしたらどうだ?」
頭ごなしに言われて、怖さのあまり声が出て来ない。体中が震えて、持っていたバッグを落としそうになった。
「も、申し訳ありません」
成り行きというか、何故か男性に向かって謝っていた。
咄嗟に頭の中で、いろいろなことが浮かんで言葉を選んでいるうちに、謝ることしか出来なくなってしまった。本当は、 『私は、今から帰るところなんです』 とは、とても言える状態ではなくて……。
こんな時、どうしたらいいんだろう? 前の部屋で騒いでいた人達は、誰も口を閉ざしたままで、先ほどとはまるで正反対の静寂さを保っている。聞こえるのは男性の声と遠くで微かに聞こえるエレベーターの到着を知らせる音だけ。
言い訳が通用するような空気でもなくて、きっとそんなことを言ったらもっと言われてしまいそうな気がする。
「他人に迷惑をかけといて、何とか言ったらどうなんだ!」
「ご迷惑をおかけして……申しわけ……申しわけありません」
怖くて男性の顔を見られず、下を向いたままギュッと両手でバッグのハンドル部分を握りしめながら謝っているうちに、哀しくて涙が床のジュータンにこぼれ落ちた。
「こんな非常識な社会人は、見たことないぞ。いったい、どこの会社だ? 名刺出せ。お前の会社のトップに、苦情を言ってやる」
エッ……。
名刺なんて、持ってない。
「早く出せ」
「あ、あの……」
涙を拭いながら、顔を上げた。
「すみません。名刺は、持っていないものですから、その……」
「持ってない? 出したくないから、そんなことを言ってるんじゃないのか?」
「ち、違います。あの、本当に名刺は持っていないものですから」
「まだ、下っ端か。ならば、社名を言え。社名を」
社名を言わないといけないなんて。
ふと、前の部屋の中の人達が、背中を向けている男性からは見えないからか、一斉に首を横に振っていて言わないようにというジェスチャーを私に向かってしているのが見えた。
そんな……。
言わないままでいたら、また何を言われるか分からない。
「もし、良かったら一緒に飲まない?」
「ありがとうございます。でも、ちょっと用事があるので」
そう言って部屋のドアを閉めようとドアの方を向くと、ふと右奥の部屋の方で人影がしたので見ると奥の部屋から出て来た男性と目が合ってしまい、慌てて目を逸らすと、その男性は早足にこちらに向かって歩いて来て私の前で立ち止まった。
「いったい、何時だと思っているんだ!」
エッ……。
物凄い剣幕に驚いて顔を上げると、その男性は私を睨んでいた。
「す、すみません」
思わず、謝ってしまった。
「ドアも開けっ放しで、2部屋で騒ぎ立てて非常識にもほどがある。何だ? 今度はそんな大荷物持ち出して、他の部屋も使って宝探しゲームでもするつもりか! お前がリーダーか?」
「あ、あの、私は……」
持っていたバッグを見て、男性に問い質された。
どうしよう。怖くて顔を上げられない。もしかして、勘違いされてしまったの?
「黙ってないで、何とか言ったらどうなんだ?」
前の部屋の人達は誰も何も言ってくれないし、頭の上では男性の怒号がしている。
ああ、どうしよう……。
「聞こえてるのか!」
「は、はい。すみません」
「聞こえているんだったら、返事ぐらいしたらどうだ?」
頭ごなしに言われて、怖さのあまり声が出て来ない。体中が震えて、持っていたバッグを落としそうになった。
「も、申し訳ありません」
成り行きというか、何故か男性に向かって謝っていた。
咄嗟に頭の中で、いろいろなことが浮かんで言葉を選んでいるうちに、謝ることしか出来なくなってしまった。本当は、 『私は、今から帰るところなんです』 とは、とても言える状態ではなくて……。
こんな時、どうしたらいいんだろう? 前の部屋で騒いでいた人達は、誰も口を閉ざしたままで、先ほどとはまるで正反対の静寂さを保っている。聞こえるのは男性の声と遠くで微かに聞こえるエレベーターの到着を知らせる音だけ。
言い訳が通用するような空気でもなくて、きっとそんなことを言ったらもっと言われてしまいそうな気がする。
「他人に迷惑をかけといて、何とか言ったらどうなんだ!」
「ご迷惑をおかけして……申しわけ……申しわけありません」
怖くて男性の顔を見られず、下を向いたままギュッと両手でバッグのハンドル部分を握りしめながら謝っているうちに、哀しくて涙が床のジュータンにこぼれ落ちた。
「こんな非常識な社会人は、見たことないぞ。いったい、どこの会社だ? 名刺出せ。お前の会社のトップに、苦情を言ってやる」
エッ……。
名刺なんて、持ってない。
「早く出せ」
「あ、あの……」
涙を拭いながら、顔を上げた。
「すみません。名刺は、持っていないものですから、その……」
「持ってない? 出したくないから、そんなことを言ってるんじゃないのか?」
「ち、違います。あの、本当に名刺は持っていないものですから」
「まだ、下っ端か。ならば、社名を言え。社名を」
社名を言わないといけないなんて。
ふと、前の部屋の中の人達が、背中を向けている男性からは見えないからか、一斉に首を横に振っていて言わないようにというジェスチャーを私に向かってしているのが見えた。
そんな……。
言わないままでいたら、また何を言われるか分からない。

