捨て台詞のように言い放つと、美奈という人は足を引きずりながら歩き出した。
「お遊びは、そのぐらいにしておいた方がいい」
エッ……。
それまで黙っていた、高橋さんの低い抑揚のない声が聞こえた。
「お遊び?」
「確かに、貴女とぶつかったことは事実ですからお詫びします。しかし、貴女が怪我をされたことと、私とぶつかったこととの因果関係はないです」
「さーて、高橋。どう出るんだろ?」
折原さん……。
折原さんは暢気にそんなことを言いながら、テーブルの真ん中に置いてある、おつまみのピーナッツを数粒右手で掴むと頬張った。
「何?」
「それ、どういうことです? 高橋さん。高橋さんとぶつかって、美奈は……」
「そうよ。今更、何を言い出すんですか? 高橋さん。男らしくないですよ」
そう言うと、美奈という人はわざとらしく右膝をさすった。
酷い。そんな言い方しなくてもいいのに。高橋さんだって、わざとぶつかったんじゃないのに。
「そうよ。往生際が悪いですよ、高橋さん」
「どう取って頂いても、構いません。本当に私とぶつかって怪我をされたのでしたら、私は誠心誠意お詫びします」
「どういう意味ですか!」
美奈という人が、右膝を押さえながら物凄い剣幕で高橋さんに詰め寄った。その空気に、流石の上司である課長も割って入れない。
「真実をねじ曲げてでも、我を通そうという思想は良くない」
エッ……。
「ん?」
折原さんも意表を突かれた表情をすると、それまでひっきりなしにピーナッツにのばしていた手を止めた。
「はあ? 高橋さん。自分で何を言ってるのか、分かってます? 現に、美奈はこうして怪我をして痛がっているじゃないですか」
「他人を欺くような行為は、良くない」
馬鹿にされたような言い方で詰め寄られても、高橋さんは怯むことはなかった。
「先ほど、貴女は私とぶつかった際、膝を打ったと言って左足の膝をさすっていた。しかし、今、貴女は右足を引きずって歩き出し、更に右膝をさすっている。これは、どう説明されますか? 怪我をした場所が、時間の経過とともに場所を移動したとでも?」
「あっ……」
美奈という人は、バツが悪そうに右膝をさすっていた手を離した。
「あ、荒川君? 君は、何てことを。どういうことなんだ。説明したまえ」
「……」
そんな……。
「どうなんだ。 荒川君」
「課長。もう、そのぐらいで」
高橋さんが、課長と美奈という人との間に入った。
「宴会の席ですから、これも1つの余興ということで」
「高橋さん。しかし、それでは……」
高橋さんは、課長が申し訳なさそうに言葉を続けようとしたのを制すと、荒川さんの方を見た。
「荒川さん。虚偽の申告をして、相手や第三者を心配させることは良くない。私が言いたいのは、それだけだ」
高橋さんの言葉に荒川さんは下を向いたままだったが、高橋さんは踵を返すとこちらに向かって歩いてきた。
「なるほどね。流石、高橋。見逃さない、隙のない男」
美奈という人の足の怪我が高橋さんのせいではなかったということが分かり、安堵感でいっぱいになって、折原さんの声が左から右に通り抜けていった。
良かった。高橋さんのせいで、怪我をしていなくて。美奈という人も、怪我をしていなくて良かった。
そして、やっと高橋さんが席に来てく……。
「高橋さーん。危なく、とんだ詐欺師に捕まるところでしたよねー。こちらで、飲み直しましょう。無教養な女達の相手は、さぞお疲れになったでしょう?」
「素敵なスーツが、こんなに汚れてしまって……」
黒沢さん……。
「お遊びは、そのぐらいにしておいた方がいい」
エッ……。
それまで黙っていた、高橋さんの低い抑揚のない声が聞こえた。
「お遊び?」
「確かに、貴女とぶつかったことは事実ですからお詫びします。しかし、貴女が怪我をされたことと、私とぶつかったこととの因果関係はないです」
「さーて、高橋。どう出るんだろ?」
折原さん……。
折原さんは暢気にそんなことを言いながら、テーブルの真ん中に置いてある、おつまみのピーナッツを数粒右手で掴むと頬張った。
「何?」
「それ、どういうことです? 高橋さん。高橋さんとぶつかって、美奈は……」
「そうよ。今更、何を言い出すんですか? 高橋さん。男らしくないですよ」
そう言うと、美奈という人はわざとらしく右膝をさすった。
酷い。そんな言い方しなくてもいいのに。高橋さんだって、わざとぶつかったんじゃないのに。
「そうよ。往生際が悪いですよ、高橋さん」
「どう取って頂いても、構いません。本当に私とぶつかって怪我をされたのでしたら、私は誠心誠意お詫びします」
「どういう意味ですか!」
美奈という人が、右膝を押さえながら物凄い剣幕で高橋さんに詰め寄った。その空気に、流石の上司である課長も割って入れない。
「真実をねじ曲げてでも、我を通そうという思想は良くない」
エッ……。
「ん?」
折原さんも意表を突かれた表情をすると、それまでひっきりなしにピーナッツにのばしていた手を止めた。
「はあ? 高橋さん。自分で何を言ってるのか、分かってます? 現に、美奈はこうして怪我をして痛がっているじゃないですか」
「他人を欺くような行為は、良くない」
馬鹿にされたような言い方で詰め寄られても、高橋さんは怯むことはなかった。
「先ほど、貴女は私とぶつかった際、膝を打ったと言って左足の膝をさすっていた。しかし、今、貴女は右足を引きずって歩き出し、更に右膝をさすっている。これは、どう説明されますか? 怪我をした場所が、時間の経過とともに場所を移動したとでも?」
「あっ……」
美奈という人は、バツが悪そうに右膝をさすっていた手を離した。
「あ、荒川君? 君は、何てことを。どういうことなんだ。説明したまえ」
「……」
そんな……。
「どうなんだ。 荒川君」
「課長。もう、そのぐらいで」
高橋さんが、課長と美奈という人との間に入った。
「宴会の席ですから、これも1つの余興ということで」
「高橋さん。しかし、それでは……」
高橋さんは、課長が申し訳なさそうに言葉を続けようとしたのを制すと、荒川さんの方を見た。
「荒川さん。虚偽の申告をして、相手や第三者を心配させることは良くない。私が言いたいのは、それだけだ」
高橋さんの言葉に荒川さんは下を向いたままだったが、高橋さんは踵を返すとこちらに向かって歩いてきた。
「なるほどね。流石、高橋。見逃さない、隙のない男」
美奈という人の足の怪我が高橋さんのせいではなかったということが分かり、安堵感でいっぱいになって、折原さんの声が左から右に通り抜けていった。
良かった。高橋さんのせいで、怪我をしていなくて。美奈という人も、怪我をしていなくて良かった。
そして、やっと高橋さんが席に来てく……。
「高橋さーん。危なく、とんだ詐欺師に捕まるところでしたよねー。こちらで、飲み直しましょう。無教養な女達の相手は、さぞお疲れになったでしょう?」
「素敵なスーツが、こんなに汚れてしまって……」
黒沢さん……。

