新そよ風に乗って ⑤ 〜慈愛〜

「えぇっ! あのタイムワーナービルの中にある、あのパーセですか?」
「お前、知ってるのか?」
「そ、そうですよ。知ってます」
「意外だ」
高橋さんは、無表情のままボソッとそんなことを言った。
「嘘です。偶々、テレビでこの前やっていたので、知ってただけですぅ」
「……」
あれ?
高橋さん。黙っちゃった。
「キャッ……」
次の瞬間、いきなり思いっきり首を掴まれた。
「大人をからかうんじゃない」
「わ、私だっ……て、お、大人で……わわっ。や、やめて下さい。くすぐったい」
「やめられるか。お前の難解な思考能力を理解しようとする、俺の苦労を少しは思い知れ」
「い、嫌だぁ!」
そして、一旦、ホテルに帰って着替えてタクシーでレストランに向かい、美味しいフレンチに舌鼓を打ち、それはもう至福のひとときを堪能しながらニューヨーク最後の夜は更けていった。

空港でレンタカーを返して出国手続きを済ませ、あとは飛行機に乗るだけとなった。
「初めての海外出張で、色々大変だったと思う。よく頑張ったな」
「とんでもないです。ご迷惑ばかりお掛けしてしまって……」
「無事に終わって良かった。ありがとう」
「こちらこそ、ありがとうございました」
「これから、忙しくなるな」
高橋さんは、外の景色を見ながら呟くように言った。
「そうなんですか?」
「今、航空会社が置かれている立場は苦しい。企業再編やLCC等、この先もっといろいろ激しく動き出す。それに伴っていろんなことが起きるだろうし、それに対応していかなければならない。俺達も、何時でも対応出来るようにしていないとな」
「はい。頑張ります」
「冷静な対応を心掛けるべく、持つべきものは、心に余裕を。世界に向けて、広い視野を」
心に余裕を。世界に向けて、広い視野を……。
仕事も恋愛も、基となるものは同じような気がする。自分が冷静になれなければ、相手の思いも考えも分からない。広い視野を持たなければ、物事の本質は見えてこない。心に余裕がなければ、相手を思いやる気持ちも芽生えてこないもの。そう思いながら、膝の上に置いていた、昨日高橋さんからプレゼントされたバッグをそっと触った。
その時、ゲートが開いて機内への搭乗アナウンスが流れた。