新そよ風に乗って ⑤ 〜慈愛〜

「でも、時間が経つにつれて冷静に考えられるようになった時、もしかしたら、俺にもう目を覚ませと引導を渡しに来た気がしてきたんだ。今、俺がやるべきことを全うしろ。いつまでも、過去に囚われていても何も発展はしない。己の人生、悔いなく全うするには限られた時間を無駄にするなと」
高橋さんは……。
「凄いですね。やっぱり、高橋さんは。私だったら、そこまで考えられないです。寧ろ、どん底まで堕ちてしまって、もう何もかも遅いって考えちゃって落ち込んだままだと思います」
「凄いことも、何もない。ならば聞くが、お前のどん底ってどんな所なんだ? そこまで堕ちたことが、実際にあるのか?」
「そ、それは……」
「人の考えや思いは推し量れないし、比べることなど出来ない。たとえ、それがその人にとって小さいと思えることでも、他人にとっては重大なことかもしれない。お前のどん底は、俺にとったらもっと深いものかもしれないし、浅いものかもしれない」
「すみません。よく理解もせずに、使っていました」
「謝ることはない。ただ、これだけは覚えておいて欲しい。人が回復するのに、締め切りなどはない。もう遅いと言ってしまったら、可能性は萎んでいく。何事も、諦めたら負けだ」
「はい……」
「何で、泣く?」
高橋さんが、そっと左手の人差し指で涙を拭ってくれた。
自然と涙が溢れていた。何故だろう? 高橋さんがミサさんと遭って、動揺してしまった事実が哀しかったから? それとも、高橋さんがミサさんとのことを過去のこととして、吹っ切れそうだと感じたから? 違う。そうじゃない。高橋さんが、様子がおかしかったことを話してくれたからだ。その原因が、何だか心の奥で想像出来てしまっていたことだったから……それで……。