新そよ風に乗って ⑤ 〜慈愛〜

ここのところ、何だか変だった高橋さんに何か関係していることなんだろうか? だとしたら、私はどんな言葉を今高橋さんに掛ければいいのだろう。気休めの言葉等、要らないだろうし、それこそ無責任に知ったかぶりをして話を合わせるようなこと等は出来ない。
「在るべきものが、在る場所にない。当たり前のように見ていた風景が、たった一瞬で崩れ落ちて無残な姿になってしまった時、人はどうしてこんなにも無力なんだと嘆く。それが自分の責ではなくても、己の責任だと重い荷物を背負ってしまう」
「高橋さん。あの……」
「俺は、同時多発テロがあった日。このニューヨークに居ただろう?」
「はい」
「想像を絶する事態に市民はパニックになって、今も尚、苦しんでいる人が大勢いる。それでも残された人々は、その苦しみの中でも生きているんだ」
あの同時多発テロがあった日、テレビを観ながら震えていたことを思い出した。その時のことが、自分の中では申しわけないが少し記憶が薄れてしまっていた。
「すみません。私、忘れかけていました」
「それが普通だ。自分の身に降りかかっていなければ、人間誰しもその凄惨な場面をテレビ等で観ていたとしても身近に感じていない限り、人々の記憶からは薄れていくものだ。今、俺はお前にあの時起きたテロの知識を身につけろとは言わない。ただ、そこに在るのが当たり前だと思っていた人やものが、何時居なくなったり、無くなってしまうかもしれないということだけは、頭の片隅にでも認識していて欲しい」
高橋さん。
「今は3月だからないが、此処に立って居る俺達の目の前に、12月は大きなクリスマスツリーが飾られている」