新そよ風に乗って ⑤ 〜慈愛〜

やっぱり、高橋さんは想像していた通り……。
「そう言えば、お前は満足か?」
エッ……。
「そう言えば、お前は納得するのか? 自分の行いに、気持ちに」
「高橋さん」
私を見る高橋さんの目は、ふざけているようにも、怒っているようにも見えなかった。
「前にも言ったと思うが、もっと自分に自信を持て」
ああ。
前にも言われた。それも、まだ新人の頃に。
ということは、その当時から何も進歩していないんだ。ずっと、その繰り返し。でも……。
「でも、私の無責任……いえ、私の無知で無謀な振る舞いで、高橋さんを振り回してご迷惑をお掛けして……」
自分の行動を振り返るようにして出た言葉は、情けない気持ちを倍増させた。
「だから、何だ?」
「えっ?」
「だから、帰りたいのか? それは、此処から逃げたいからか?」
「それは……」
『此処から、逃げたいからか?』 高橋さんの言葉が、胸に突き刺さる。
「何故、人は落ちると思う?」
落ちる?
「落ち込んだり、哀しんだりするのは感情の表れ。とかく感情表現が豊かなどと、それは褒め言葉のように使われるが、別の角度から見たら感情の起伏が激しいとも言い表せる。快活な気分の時はいいが、自分の行いを猛省し、後悔することで人は落ち込む。その落ち込みは気持ちや心、行動にも表れる。だが、人が落ちたと自覚するのは何故だと思う?」
落ちたと自覚するのは、何故なのか。
「失敗したと思うから……ですか?」
「それだけか?」
エッ……。
「あ、あの、自己嫌悪に陥るから。だから……ですか?」
「確かに、それもあるだろう。でも、その根底にあるものは、もっと単純なことだ」
単純なこと?
「何故、人は落ちるのか。それは、這い上がるため。人は、もう1度這い上がる力を持っているからだ。その時期や掛かる時間は、人それぞれだろう。だが、人は這い上がる力を持っているから落ちる。落ちるからこそ、また這い上がる。自分の這い上がれる力を信じているからこそ、落ちるんだ。そうでなければ、落ち込むという感情は生まれない。現に、諦めてしまったら落ち込むことはないだろう? 諦められないからこそ、また這い上がりたいからこそ落ち込む。落ち込むことは、浮上への第一歩だ」
高橋さん……。