新そよ風に乗って ⑤ 〜慈愛〜

「す、すみません。ぶつかってしまって」
「フッ……。ちっこい鼻が、よくぶつかったな」
高橋さんが悪戯っぽく笑いながらこちらを見ていたけれど、今は言い返せる気分じゃない。
「ハハッ……。いつものように、牛に変身しないのか?」
高橋さん。
きっと、鈍くさい私に呆れているんだろうな。でも、そこは仕事のアシスタントでもある私だから、グッと堪えて気を遣って大人の振る舞いをしてくれている。
それが分かっていても、いつも同じような失敗をしてしまう私。高橋さんに、気を遣わせてまで。
『そうでしたか。どうぞお気になさらず。妹のようなものですから』
高橋さんにとって、私は妹のようなもの。
言われて当然だ。とても、同じレベルになりたいなんておこがましい。これから先だって、同じレベルになんてなれない。
「ほら。行くぞ」
高橋さんは、また前を向いて歩き出していた。
この距離は、縮まらない。どんなに頑張っても、私には縮めることは出来ないんだ。
「どうした?」
立ち止まったままの私に気づいた高橋さんが、戻ってきてくれた。
これが、現実。
立ち止まっている私に、手を差し伸べてくれる高橋さん。その手を差し伸べてくれなければ、その距離は広がるばかりで……。
「疲れたよな。だいぶ歩き回ったから」
もうこれ以上、迷惑を掛けたくない。帰りたい。
「帰りたい……です」
「えっ? 悪い。聞こえなかった」
小声で言ったので、高橋さんに聞き返された。
「すみません……帰りたいです」
言ってから、高橋さんの顔を見られず下を向いた。
せっかく連れてきてもらったアウトレットだったのに。
「ごめんなさい……」
「……」
楽しい日になるはずだった、アウトレット。今朝までは、凄く楽しみだったのに。それなのに……。
「分かった」
「すみません。我が儘言って」
高橋さんは、黙って頷いて私の背中を優しく押すと歩調を合わせて歩いてくれていた。
みんな楽しそうに歩いていて、擦れ違う人達を見る度に一層自分が惨めに思えてくる。何をしに、私は此処に来たんだろう。
「帰る前に、ちょっと付き合え」
エッ……。