新そよ風に乗って ⑤ 〜慈愛〜

「はい」
良かった。
それにしても、知らぬ間にドアロックもしていたんだ。高橋さんに隙はないのね。
「どうぞ」
「ありがとう」
ラップに包んであったおにぎりに、高橋さんが優れものだと言っていたおにぎり用の海苔をパックから出して包んだ。
「本当だ。パリパリっとしてますね」
「なかなかいいだろう? 塩もついてるから」
海苔の片側に塩がついていて、その面をご飯側につけると塩味がつくといった具合だ。
「いただきます」
持って来たタンブラーのお茶をホルダーに置いて、おにぎりを一口食べた。
エッ・・・・・・。
何? このおにぎり。
不思議に思いながら、無言のまま食べ進めていると・・・・・・。
あれ? 
また・・・・・・だ。
「高橋さん。このおにぎりって・・・・・・」
「ん?」
高橋さんは、タンブラーのお茶を飲みながらこちらを見た。
「何か、おかしい味でもするのか?」
「あっ、いえ、そうじゃなくて。このおにぎり、どこを食べても梅干しが出てくるんですが・・・・・・」
三角のおにぎりの角を食べたら、どの角を食べても梅干しが入っていた。
「ああ。真ん中だけじゃ、つまらないだろう? だから角にも入れてる。勿論、真ん中にも入っているが」
「えっ?」
残していた真ん中の部分のおにぎりを口に入れると、高橋さんが言ったとおり、真ん中にも梅干しが入っていた。しかも、角の部分より多め。
「本当だ。何か、得した気分ですね」
「ハハッ・・・・・・。そうか? 高橋家では、昔からお袋が作るおにぎりは、いつもこうだったから。といっても、角ごとに中身が違ったが」
「中身が違う?」
「3ヵ所の角には、それぞれ鮭とタラコとおかかが入っていて、真ん中に梅干しが入ってた。だから子供の頃、遠足とかでお弁当を食べる時、おにぎりをかじって最初に何が出てくるのか楽しみだったんだよな」
そう話す高橋さんの表情は、何だか子供のように嬉しそうだった。
「そうだったんですか。豪華なおにぎりですよね」
「題して、高橋家、お楽しみおにぎり。そう、お袋が言ってた」
ハッ!
高橋さんのお母様って、何か楽しそう。
ちょっと、聞いてみようかな?
「あの、高橋さんのお母様って、どんな感じの方ですか?」
「普通の人」
即答ですか・・・・・・やっぱり。
「そ、そうなんですね」
簡潔に言われてしまうと返す言葉が見つからないので、黙って2個目のおにぎりを頬張った。
「美味しかったぁ。お腹いっぱいです。ごちそうさまでした」
「お腹も満たされたことだし、そろそろ行こうか」
「はい! あっ、その前に先ほどのブーツの代金を精算して頂けませんか?」
「ああ。そうだったな」
高橋さんは、バッグからお財布を出すと、何枚かあるレシートを見てブーツの分のレシートを見つけた。
「2足合計で、80ドル32セントだから80ドルで」
「えっ? 駄目ですよ。ちゃんとお支払いさせて下さい」
お財布を出して、20ドル札5枚を高橋さんに差し出した。