新そよ風に乗って ⑤ 〜慈愛〜

はい?
「あ、あの、忘れたって」
高橋さんは、笑いながら飲み終えたコーヒーカップを持ってキッチンに入っていくと、上の吊り戸棚から何かを出していた。
洗い物しなくちゃ。
急いで残っていたコーヒーを飲み干しキッチンに入っていくと、吊り戸棚からイトウのご飯を何個か出して並べると、高橋さんはキッチンを出て行ってしまった。
何で、イトウのご飯を並べているの? 
まさか高橋さんは、まだ食べるの?
でも、こんなに?
不思議に思っていると、高橋さんが自分の部屋から何かを持ってキッチンに戻って来た。
「さて、お前。どっちやる?」
「えっ?」
高橋さんが手に持っていたものをイトウのご飯の隣に並べると、私にそう問い掛けた。
どっちって?
「あの・・・・・・」
「作業のAがいいか、Bがいいか。さあ、どっち?」
そ、そんな急に聞かれても・・・・・・。
「あ、あの、AとBじゃ、何が違うのですか?」
「No Comment。好きな方を選べ」
「えぇーっ」
「はぁやぁくぅ」
どうしよう。
「じゃ、じゃあ、Aで」
何だかよく分からなかったが、取り敢えず明良さんの頭文字のAを選択してみた。
「ヨシ! じゃあ、イトウのご飯を6 個電子レンジに入れて、ラップに移し替えてご飯を均す作業Aを頼む」
「は、はい。高橋さんは?」
「俺は、作業Bをやる。それじゃ、始めよう」
「はぁ・・・・・・」
作業Aとか作業Bって、何だろう?
話の意図がよく掴めなかったが、言われるままイトウのご飯を電子レンジに入れて温め、取り出してから広げたラップにイトウのご飯を移して均す作業を始めた。
高橋さんは、お皿を1枚用意して、部屋から持って来た四角いパッケージの蓋を開けてフィルムを外すと、割り箸でパッケージの中から何かを取り出してお皿の上に移しているようだった。
何だろう?
ちょうど、電子レンジにイトウのご飯を入れてタイマーをセットして待っている時に、ふと隣を見た。
エッ・・・・・・。
「高橋さん。う、梅干しまで持って来ていたんですか?」
「そう。いけない?」
「い、いけなくはないですが・・・・・・」
「ジャン! おにぎり用、片側塩付き海苔も持って来た」
「お、おにぎり?」
「アウトレットには、おにぎりが1番」
「そ、そうなんですか」
な、何?
この用意周到・・・・・・違う。準備万端・・・・・・これも違う。上手い言葉が見つからないけど、何だか日頃の高橋さんからは想像出来ない家庭的な・・・・・・そうだ! 家庭的な主婦感覚を持ち合わせている、高橋さんだ。普段はパソコンに向き合っていて会議で難題に立ち向かっているような高橋さんなのに、こんな一面があるなんて誰が想像出来るだろう。おにぎり用、片側塩付き海苔なんて・・・・・・。
高橋さんは、お皿に移した梅干しの種を素早く抜いている。