「……どうする日奈子。止まる?」
 
 琥珀は男性教師の方に目を向けず、俯く日奈子に尋ねた。
 
「……どうしよ……、わかんない……」

 冷静な判断ができない。
  
 日奈子は今一度、僅かに顔を上げてそちらを伺った。
 あの男性教師は、もうどこかの角を曲がったかもしれないと思ったからだ。
 だが、まだいる。
 男性教師は、生徒たちに声をかけながら書類を手にして近づいてきていた。
 ちらと見ただけだから顔はよく分からない。だけど、ブラウン系のスーツはこの高校の男子制服の色ではない。
 ぱっと見はとても若く見えたが、その人は男性で、やはり教師だ。
 
 こういう時、琥珀は必要以上に話しかけることなく、ただ黙って日奈子に寄り添う。過剰に守るでもなく、変に励ますでもなく、教師を執拗に見るわけでもなく。
 対する日奈子は長い前髪が顔を隠すくらいに俯いて、リュックサックのショルダーストラップをぎゅっと握りしめる。歩を進めるたびに男性教師との距離はどんどん縮まって。震える足が止まりそうになるけど、昇降口はこの先にあるし琥珀が隣にいる。
 
 大丈夫。
 大丈夫。
 一瞬の出来事だ。
 耐えろ。
 がんばれ。