再会の約束をした日から2日が過ぎて、日奈子の日常は滞りなく過ぎて……はいなかった。
 学校という環境と男性教師という、当たり前の化学反応に順応できない。目の前に男性教師が立って何か言ってると思うだけで体が強張る。
 だが、高校に入ってまでそんなわがままは言っていられない。

 なので日奈子は、男性教師の授業では極力影を潜め、だが欠席扱いにされないように微かな存在感を放ち、課題はそつなくこなして普通を装っていた。
 出席番号の関係で席が後ろの方であることが幸いして、男性教師が自分の席の近くを巡回してくる間だけ我慢したり己を殺していれば恐怖症の発現はない。
これがもし、前の席であったなら、常時近くに男性教師の存在を感じざるを得ず、まさにこの世の地獄であっただろう。
 出席番号順で後ろの席にいる琥珀はというと、限界に達し具合が悪くなった日奈子を保健室に送るという簡単……でもないお仕事を担ってくれる予定ではあるが、幸い、高校ではまだその仕事をさせてはいなかった。

 
「……もうやだ……」
 
 授業がすべて終わり、帰る生徒や部活等に向かう生徒でごった返す昇降口へと続く通路。
 琥珀に伴われながら、日奈子はげんなりと肩を落としてフラフラとした足取りで昇降口へと向かっていた。
 なぜこんなにげんなりしているのかといえば、先の英語の授業で外国人男性教師の激しいスキンシップにさらされたのだ。
 
「なんで、なんで自己紹介で握手求めてくるの? なんで肩さわるの? なんで……」
 
 ただ英語で自己紹介しただけなのに、握手を求められポンポンと肩を叩かれた。それは何も日奈子だけに限ったことではない。女子には肩ポンで、男子にはハグだったが、日奈子にとってはそれはもう一大事。小さく声を上げて避けてしまった。
 思い出して両手を出せば、まだ指先が小刻みに震えている。
 
「まあまあ、日奈子にしてはよく我慢したんじゃない? 中学校の時みたいに泣き出したり逃げたり吐いたりしなかったんだから」
 
 慰める琥珀は宥めるように日奈子の黒い髪をくしゃりと撫でていたが、あっと何かを思い出して続ける。

「そういえばさ、お昼休みに話したいことがあるって言ってたけど、何?」
 
 尋ねられて日奈子は、ふわりと表情を明るくした。
 
「琥珀にも報告しなきゃと思って。わたしね、今度の土曜に遊馬くんに会う約束が……」
 
 と。
 言い出した途端、日奈子の表情が一気に曇った。
 スーツ姿の男性の姿が視界に入ったのだ。
 一瞬前まで明るくしゃべっていたが、急に息を呑むと俯いてしまう。
 琥珀は親友の異常を察知し、日奈子の背中を支えた。こう言う時は男性教師が近づいていると言う合図だ。