帰宅後。
　入浴を済ませて宿題も終わらせ、あとは寝るだけ。と、自分の部屋でくつろいでいた日奈子のスマートフォンの画面が、メッセージの受信を知らせて明るく灯った。
　
『今日、高校の入学式だよね。入学おめでとう』

　通知欄に記された言葉に、日奈子はすぐさまスマートフォンを手に取ってメッセージアプリを開いた。そして、淡い桜のアイコンと名前の横に、未読のメッセージマークを見つけた。
　遊馬くんからだ。
　日奈子は早速、メッセージアプリを起動させると、一番上に並ぶ桜のアイコンをタップする。
　
『今日、高校の入学式だよね。入学おめでとう』
『ありがとう』

　日奈子が返信すると、メッセージはすぐに既読になり、次のメッセージが届いた。

『勉強で分からないところがあったら、今までのように頼ってね』
『うん、そのつもりだよ。よろしくお願いします』
『あと、』

　遊馬くんから届いたメッセージは句点で途切れている。故にこのメッセージには続きがある。
　少し待つと、続きのメッセージが届いた。

『日奈子は勉強以外ではいつも大丈夫って言うけど、頼ってくれていいんだからね』
　
　文字を目で追い、日奈子は穏やかに笑んだ。
　物心ついたときから一緒にいた遊馬くんは、憧れの存在だった。
　光に透けると明るい茶色に変わるゆるい癖っ毛も、いつも優しげな瞳も、きゅっと上がった口角も。全部が憧れだった。
　それがいつの日か気持ちはいつの間にか大きく膨らみ、気付いたときには憧れは好きに変わっていた。それに伴って、遊馬お兄ちゃんから遊馬くんへと呼び方も変わっていったことを、彼は気がついていたのだろうか。

　だけど相手は８も上。日奈子が小学校に入学した年には中学三年、中学校入学時には大学三年。生活リズムも交友関係も大きく違う。だけど、長期休暇には勉強を見てもらっていた。そのころから好きだった。
　
　わたしが彼と同い年で、同じ学校に通えたら。きっと楽しいだろうな。　
　そう叶わぬ想像に思いを馳せるときもあった。

　でも、現実は『兄と妹分』を域を超えない。
　こんな子供は相手にされないと思って適度な距離感を保っていたところ、日奈子は男性恐怖症を患った。
　
　それ以来、遊馬くんとは直接会えていない。
　
　遊馬くんは教師ではないし、絶対に学校では一緒にならない。だけど拒否反応が出ないとも限らないし、もし会って拒否反応が出てしまったら傷つけてしまいそうで怖い。
　
　遊馬は日奈子の恐怖症のことを知らない。琥珀がちゃんと口止めしてくれている証拠だ。だから、こうして率直に『頼ってほしい』と言ってくれる。
　
　本当は会いたいよ。
　会って、今まで会わずにいたことを謝って、直接、頼っていいよって言ってもらいたい。
　
　……お父さんも、コンビニの店員さんも、近所のおじさんも大丈夫になった今。

　今なら遊馬くんに会える気がする。

　根拠はどこにもなかったけど、日奈子の指が心が、気持ちが躍る。