変わってない。
 変わってないから余計に、日奈子は自分が変わり果ててしまったことが、苦しい。

「……一番――」
 
遊馬くんが出席番号一番の男子の名前を呼んだ。顔を上げると同時に窓際一番前の席の男子が返事をする。
 遊馬くんはその男子生徒の姿を確認すると、小さく頷いて。また出席簿に目を落とし、次の出席番号二番の女子の名を呼ぶ。
 こうして次々に呼ばれていくクラスメイト達は、さすが進学校の生徒だ。はきはきと気持ちのいい返事をしていく。
 そんな中、日奈子は気が気ではない。 
 四月に入って、何度こうして名を呼ばれては返事をしたか、わからない。男性教師の出席取りには極力頑張って大きく、女性教師の出席取りには控えめに返事をしていた。なので、おそらく『海堂日奈子は気が小さく声も小さい』と思われていると思っている。
 だけど、今回は相手が相手。旧知の仲で、二年前から顔を合わせずいる相手であり、以前の日奈子を知ってる相手である。
 そして、日奈子の《《急変》》を全く知らない相手である。
 小さな声で返事なんかしたら、訝しがられるに違いない。

 どうしよう。
 どうしよう。

 そうやって悶々と焦る間に、自分の番はどんどん近づいている。そして、とうとう前の男子生徒が呼ばれ、右隣の彼ははっきりと返事をした。
 
 どうしよう。
 次だ。
 次だ……!
 
 遊馬くんが出席簿に目を落とし、口が開く。
 
「七番、海堂日奈子」
 
 名前を呼ぶ声はあの日と変わらない。テノールに少しだけざらつきを乗せた声は、日奈子が引いた境界線を越えようと響く。
 
 伏せってる間も、ずっとこの声に呼ばれたかった。

 だけど、変わったのはわたし。

 ……はい。と俯きながら出した声は掠れ、まるで空気が漏れた音のようだった。
 日奈子の声は多分、前後左右一人くらいにしか聞こえていないほどの微かな声だった。
 もちろん、遊馬くんまで届かなかっただろう。
 一瞬の間を置いて。
 
「……海堂日奈子」
 
 もう一度呼ばれる。
 日奈子はもう一度返事をしたが、今度は息すら漏れなかった。
 血が逆流してるのかと勘違いしてしまうほど体は震え、息が苦しくなる。
 日奈子が返事をしないことに少しざわつき始めた教室内で、泣きたくないのに、なんで泣きたくなるのかわからないのに、涙が溢れそうになる。
 その時、後ろの座席ががたりと揺れた。
 琥珀が立ち上がったのだ。

「十一番の佐倉琥珀です。海堂さん具合悪そうなので、保健室に連れていきます!」
 
 琥珀は遊馬くんの返答を待たずに、日奈子の腕をつかんで立たせると、手際よく日奈子を廊下に連れ出した。
 立ち上がり際、にじむ視界に映ったのは、遊馬くんの困惑したような表情。
 走り出した琥珀に手をひかれ、背に感じるのは教室内のざわめきか。
 それとも、彼の視線か。

 運命は、俯くものに対して、本当に無慈悲だ……。