運命は、俯く者に対しあまりにも無慈悲だ。

 月曜早朝のホームルームから、日奈子は生きた心地がしていなかった。
 普段のこの時間は、少なからず日奈子の気持ちが休まる時間だった。しかし今は違う。
 日奈子は身をかがめ、いつもはブローで上げ気味の長い前髪を極限までおろし、髪の隙間から前を窺っていた。なぜなら、目の前にいる教師は担任の三吉教諭ではなかったからだ。

「……急展開すぎる……意味がわからん……」

 後ろの席では琥珀が、多分頭を抱えながら教卓の向こうに立つ人物を見据えているのだろう。
 日奈子と琥珀以外の生徒は全員、初めて見るであろう教師の姿に興味津々だ。
 教師は出席簿を教卓に置くと、こう言った。
 
「三吉先生が体調不良でしばらくおやすみされます。変わりまして、しばらくこのクラスを受け持つことになりました――」
 
 と、目の前の教師は黒板に自分の名前を綴っていく。
 チョークの小気味いい音と共に綴られた文字は、佐と倉と遊と馬。
 
「普段は三年生の数学を担当しています。さくら、あすま、と申します。この春大学を卒業し、この高校が初めての赴任校になります。みなさんと同じ一年生でもありますので、どうぞよろしくお願いいたします」

 この高校の着任式は、ゴールデンウィーク前最後の登校日。そして三年生の数学を担当している遊馬くんの存在を今認識した人も多い。
 遊馬くんは教室内を見回すして。

「しばらくの間、よろしくお願いいたします」

 と、頭を下げた。
 
 どうして?
 どうしてこうなったの?

 日奈子と琥珀の混乱をよそに遊馬くんは生徒全員に丁寧に挨拶をすると、教卓の上に置いた出席簿を開いた。
 すると、どこからともなく声がする。

「先生彼女いますかー?」

 洗礼のような質問が飛んで、教室内が沸いた。
 遊馬くんは質問を受けて一瞬目を丸くしたが、咳払いを一つ。

「いません」

 そう答えると、さっきの質問でタガが外れたのか、間髪入れずに次の質問が飛んだ。
 
「じゃぁ好きなタイプは?」
「その時好きになった人です」
「趣味はなんですか?」
「音楽鑑賞と、散歩です」

 そう答え、続ける。
 
「質問に三つ答えたので、今度はこちらから。名前と顔を確認がてら出席をとりますので、返事してくださいね」

 少しお堅い先生なら、質問に答えずに出席を取り始めただろう。だけど遊馬くんは、少しの遊び心でクラスの雰囲気を柔らかくしていった。