高所恐怖症の人が高所でへたり込んでしまうように、集合体恐怖症の人が集合体を見て無意識に鳥肌を立ててしまうように。
 男性教師恐怖症の人間が、決意一つで男性教師を受け入れられるわけがなかった。

 男性教師は怖くないと自分に言い聞かせても、意識すれば意識するほど心と体はそれを拒絶する。

 眩暈がする。
 冷や汗が出る。
 吐き気がする。
 意識が飛ぶ――。


 
「海堂さん、大丈夫? 次の授業は行けそう?」

 優しい声が降ってくる。
 うっすらと目を開けると、もうすでに顔馴染みになった保険医の伊沢先生が心配そうに日奈子の顔を覗き込んでいた。
 伊沢先生は少しふくよかな体型のおばあちゃん先生。優しい表情に安心する。

「はい、何とか……」

 日奈子が答えると伊沢先生は、小さく開いたカーテンの隙間から時計を伺う。
 
「終鈴まで少し時間あるから、もう少しゆっくりしてなさいね」
「はい、ありがとうございます……」
 
 日奈子の言葉に頷いて伊沢先生はカーテンの外へと向かい、日奈子に微笑むとカーテンをそっと閉めた。

 日奈子は伊沢先生に気づかれないように小さくため息をついた。

 今週何度目だろう。
 男性教師の担当教科の授業中に気が遠くなって、保健室へと駆け込むのは……。
 保健の先生が男の人じゃなくて、本当に良かった。男性だったら、日奈子の避難場所はいよいよなくなってしまうから。
 だけど、いつまでもこの避難場所に居座り続けるわけにもいかない理由もある。このままでは一学期早々に出席日数が足りなくなって、補習になってしまうからだ。その補習だって教科担当の先生が見るのだから、結果的に男性教師の教科は男性教師が見るわけで。