前回、海で馬鹿な事を考えていたら足が吊ってしまい、溺れていた私は司くんの手によって助けられた。



[朝蔵 大空]
 「司……くん?」


[巣桜 司?]
 「あ」


[朝蔵 大空]
 「…………あ?」


[巣桜 司?]
 「やっべ」



 司くんが急に動揺しだして、私は司くんの腕に抱えられていたが、再び水中へと落とされてしまう。



[朝蔵 大空]
 「ちょっ……! ごぼぼぼ……」



 私は自分でもがき、なんとか上へと戻る。



[巣桜 司]
 「わぁっ! ご、ごめんなさい!」


[朝蔵 大空]
 「え?」



 海面から顔を出すと、岸の方に逃げていく司くんの姿が見えた。


 司くん、助けてくれたんだろうけど……なんか変なの。


 さっきの司くん、なんだか全然別人のように見えた気がする。


 そう言えば、前もこんな事無かったっけ。



[朝蔵 大空]
 「あぁ、きっと準備運動が足りなかったんだ……」



 再発する前に浜に戻ろう。


 皆んなは海やプールに入る時はきちんと準備体操しようね!



[朝蔵 大空]
 「えっ! 帰った?」


[巣桜 燕]
 「うん、調子が悪くなっちゃったみたいで……帰らせたわ」



 司くん、いつの間にか家に帰ってしまったようで、皆んなでお昼を食べる頃にはもう居なかった。


 あの子、ちゃんと楽しめたのかな?



[朝蔵 真昼]
 「ちょっと、やめて」


[朝蔵 千夜]
 「いいじゃーん、ひと口〜」



 真昼の焼きそばをひと口奪おうとする千夜お兄ちゃん。



[朝蔵 真昼]
 「大人なんだから自分で買って」


[朝蔵 千夜]
 「ケチ!」


[朝蔵 葵]
 「貴方達いつまで喧嘩してるの〜」



 そして、今年の夏休みは特に何も起こる事無く平和に終わった。


 ……。



[朝蔵 大空]
 「あぁ、もう夏休み終わってしまーぅ」



 ああ、今年は最高にダラダラ出来て、エアコンの効いた部屋でめいいっぱい漫画を読み漁った最高の夏休みだった。



[朝蔵 大空]
 「よーし、続き続き〜」


[加藤 右宏]
 「オイ」


[朝蔵 大空]
 「……なによ」



 めちゃくちゃハマってる漫画の続きを読もうとした所で、私のベッドで寝転がっていたミギヒロに声を掛けられる。


 私は邪魔されたのがムカついて、不機嫌な声色で返事をする。



[加藤 右宏]
 「そろそろ寝ロよ、明日から学校ダロ?」


[朝蔵 大空]
 「うっさいなー、今良いトコなんですけど」



 なによこいつ、いきなり親みたいな事言い出して。



[加藤 右宏]
 「……」



 私をジッと見つめてくるミギヒロ。


 こいつ、私が寝るまで自分も眠らないつもり?



[朝蔵 大空]
 「先寝てて良いよ」


[加藤 右宏]
 「電気」



 あぁ、電気がついてるから寝られないって事ね。



[朝蔵 大空]
 「もー」



 私はデスクライトをつけて、部屋の電気を消す。


 勉強机の所だけが(ほの)かに明るくなる。



[朝蔵 大空]
 「これで良いでしょー」


[加藤 右宏]
 「……」



 それ以上何も言わなくなったミギヒロに背を向け、私は漫画に夢中になった。



[加藤 右宏]
 (そうか明日……明日からあいつは。大丈夫、かな)



 ……。





 チュンチュン……。





 小鳥のさえずりが聞こえる。



[朝蔵 大空]
 「ううん……」



 あれ、目覚ましが鳴ってない?


 いつもうるさい目覚ましを止める所から一日がスタートするのに。



[朝蔵 葵]
 『大空ー!!』



 下の階からお母さんの怒鳴り声が聞こえてくる。



[朝蔵 大空]
 「えっ! えっ?」



 目を開けると、そこはベッドではなく勉強机だった。


 傍には開きっぱの漫画もある。



[朝蔵 大空]
 「ね…………寝坊したぁ!!」



 体を起こすととてもダルかった。


 昨晩、ベッドも入らずにそのまま漫画を読んだまま寝落ちしてしまったのだ。



[朝蔵 葵]
 「何やってんのー? 遅刻するわよー?」



 ガチャっと扉を勢い良く開けてお母さんが部屋に入って来た。



[朝蔵 大空]
 「い、今何時!?」



 時計を見ると、普段起きる時間を大幅に超えていた。


 こ、これじゃ朝ご飯も食べられないよ!



[朝蔵 大空]
 「お母さん起こしてよ!」



[朝蔵 葵]
 「はぁ〜? 高校生だったらちゃんと自分で起きなさーい。ママは朝忙しいんだからー」



 そう言って「私は関係ありません」と言わんばかりに、無慈悲に部屋から出て行くお母さん。



[朝蔵 大空]
 「んもぉー!」



 私は急いでパジャマから制服に着替えて、カバンの準備をして飛び出るように家を後にした。



[通行人A]
 「なんだなんだ!? 凄いスピードだぞ?!」


[通行人B]
 「も、もしかしてボルトゥ!?」



 なんでもない道で砂煙が舞う。



[朝蔵 大空]
 「うおおおおおぉぉぉおおお!!」



 走らなければ遅刻する。


 私は体育の時とは比にならないぐらいの速さで足を飛ばす。


 やがて校舎の姿が見えてくる。



[朝蔵 大空]
 「はあああああぁぁあ!!」



 私は最後のカーブを華麗に曲がり、校門まで力を振り絞る。


 そう、そのカーブを曲がった所で……。





 ドンっ!





[朝蔵 大空]
 「きゃっ……!」



 私は後ろに尻もちをついてしまう。


 少女漫画でお約束『曲がり角で誰かとぶつかる』! を、見事披露する私。


 わ、私は一体誰とぶつかってしまったんだろうか……?



[朝蔵 大空]
 「……?」



 私は恐る恐る顔を上げ、ぶつかったであろう対象を見る。





 ドクドクドク……。





 それを見た瞬間、鼓動を早める私の心臓。



[怖い先輩]
 「……」


[朝蔵 大空]
 「……っ!」



 高い所から私を見下ろす男性が、そこに立っていた。


 しかも、ネクタイの色からして3年生の先輩。


 やってしまったぁ。



[朝蔵 大空]
 「ぁ、ぁ……」



 表情からして明らかにイラついている目の前の人に、私は何も言えずにただ見上げる。


 ど、怒鳴られる、確実に。


 若草色の鋭い目が、私を()てつかせる。



[朝蔵 大空]
 「っ……」


[怖い先輩]
 「何やってる。危ないだろ!」


[朝蔵 大空]
 「ヒキッ……」



 本当に怒鳴られてしまった、私のメンタルはもう限界に来ていた。


 夏休み明け早々朝寝坊して、こんな怖そうな先輩にぶつかってしまうなんて、私はなんて不運なのだろうか。



[チャラい先輩]
 「ひっで〜。大丈夫、君? 立てる?」


[朝蔵 大空]
 「え……?」



 その隣からまた、友達だろうか? 3年生の男の人がこちらに話し掛けて来た。


 こちらは私に、桃色の髪を掻きあげながら笑顔を向けてくれており、手入れの行き届いた綺麗な手の平を伸ばしてくる。



[朝蔵 大空]
 「あ、ありがとうございます」


[チャラい先輩]
 「ほら、よいしょっと」



 私はその人の腕に掴まり、地面へと立ち直す。



[怖い先輩]
 「おい」



 怖そうな先輩の方に再び声を掛けられ、私の背筋が凍る。



[朝蔵 大空]
 「わ、私もう行きます! すみませんでした〜!」



 私は先輩達には構わず、全速力で校舎の中へと逃げる。



[怖い先輩]
 「ちょ、ちょっと」


[チャラい先輩]
 「あらら」



 最悪だ! 先輩を敵に回してしまった、後で里沙ちゃんに慰めてもらおう。


 ……。



[朝蔵 大空]
 「って、言う事があってぇ」



 教室に入ってすぐ、私は今朝の災難を里沙ちゃんに全部話した。



[永瀬 里沙]
 「んー、あんたが漫画読んでて寝落ちして寝坊した話はどうでも良いけどー、見てたよ。ドンマイだったね」


[朝蔵 大空]
 「へ?」


[永瀬 里沙]
 「窓から一部始終見させてもらいました! いやぁ、羨ましいわねぇあんたはほんとに! ひっひっひっ!」


[朝蔵 大空]
 「ど、どこが!? 私怒鳴られたんだよ? しかも! 3年の先輩に!!」



 すっっっごく怖かったんだから!



[永瀬 里沙]
 「羨ましいわよ! だってアレ、"風紀委員長"でしょ?」


[朝蔵 大空]
 「ふきいんちょっ……」



 あの人風紀委員長だったんだ、風紀委員長ってもうそれだけで凄く厳しそうなんですけど!



[永瀬 里沙]
 「羨ましい! 羨ましい! 私も睨みを利かせた表情でイケメンに怒鳴ってもらいたい!! 良いな! 良いな! い・い・な!!」


 
 なんか里沙ちゃんがうるさいけど、実際めちゃくちゃ背とか高くて怖かったし、後で呼び出されたりしないよね?私……。



[永瀬 里沙]
 「それに加えて何よあれは! 美形ギャル男に手を差し伸べられちゃってさぁ!」


[朝蔵 大空]
 「ぎゃろぉ……」



 嬉しそうだなぁ里沙ちゃんは。


 あーもー! 私だけ不幸な目にあってなんか馬鹿らしい!


 ダメだな、気持ち切り替えていかないと。



[卯月 神]
 「……」


[朝蔵 大空]
 「……?」



 あれ、卯月くんの様子が……。



[朝蔵 大空]
 「おはよ?」


[卯月 神]
 「おはようございます」


[朝蔵 大空]
 「元気無いね……?」


[卯月 神]
 「そう言う訳では……」


[永瀬 里沙]
 「どうしたの〜しんちゃん、大空ちゃまがモテ(おんな)過ぎて妬いちゃったの〜?」


[朝蔵 大空]
 「ちょっと里沙ちゃん!」



 てか、『しんちゃん』って何!?



[卯月 神]
 「すみませんっ」



 卯月くんは席から立ち上がり、教室から出て行ってしまった。



[朝蔵 大空]
 「あっ……」



 卯月くん?


 ……。



[加藤 右宏]
 「お、おい卯月……お、おおいお前落ち着けッテ!」


[卯月 神]
 「落ち着けませんっ!」



 学校の会議室、そこへミギヒロは卯月の手に寄って放り込まれる。



[加藤 右宏]
 「ギャフっ! いってー」


[卯月 神]
 「貴方、朝蔵さんに何したんですか?」


[加藤 右宏]
 「へへっ、男を引き寄せる力を倍増した……」



 ミギヒロは頭を(さす)りながら答える。



[卯月 神]
 「やっぱり」


[加藤 右宏]
 「お前こそふざけるなよ〜、いきなり契約破棄とかさ! こっちは納得出来ないッテの」


[卯月 神]
 「僕は朝蔵さんが居ればそれで良いんで」



 そう言って卯月はミギヒロから視線を逸らす。



[加藤 右宏]
 「お前が良くてもこっちが良くないノっ!」


[卯月 神]
 「チッ、悪魔なんかと契約するんじゃなかった……」


[加藤 右宏]
 「ハハッ、あんなに良い男が周りに居るんだ。 あいつも目移りしちまうかもしれねーゾ〜」


[卯月 神]
 「なっ……」


[加藤 右宏]
 「んまぁ、精々他の男に盗られないヨーに」


[卯月 神]
 「っ……そう言う事を言わないで下さい」


[加藤 右宏]
 「嫌ならさっさと自分のモノにしちまえば良い♪」



 そう言ってミギヒロは悪魔の笑みを浮かべる。



[卯月 神]
 「……」


[加藤 右宏]
 「お前コレ、こんなもん落とすなよー、人間の奴らが拾ったら大問題なんだぞ」



 卯月はいつしかミギヒロから渡されたあのナイフを再び持たされる。



[卯月 神]
 「す、すみません。 でも使いませんから」


[加藤 右宏]
 「あっそ、でも…………いつまで持つかな」


[卯月 神]
 「……」


[加藤 右宏]
 「良いからそれはお前が持ってろよ」



 卯月はミギヒロの背中をキッと睨みつける。


 ……。


 休み時間。



[朝蔵 大空]
 「ねぇ、大丈夫?」


[卯月 神]
 「何がですか」



 大空が卯月に小声で話し掛ける。



[朝蔵 大空]
 「卯月くんの顔が暗い……」


[卯月 神]
 「……そうです、僕は暗いんです」


[朝蔵 大空]
 「あのさ、言ったよね? 何かあったらもっと話し合おうって」



 またすれ違いになるのは嫌だよ。



[卯月 神]
 「別に……」


[朝蔵 大空]
 「ほんとに?」


[卯月 神]
 「…………朝蔵さんが他の人と」



 えっ?


 私が他の人と?


 里沙ちゃんが言ってた通り、卯月くんが私に嫉妬を。


 どうすれば良いんだろ……。



[朝蔵 大空]
 「私、どうしたら良いのかな」


[卯月 神]
 「すみません……」


[朝蔵 大空]
 「でも私だってヤキモチぐらい焼くよ」


[卯月 神]
 「えっ」



 今朝も里沙ちゃんが卯月くんの事『しんちゃん』とか呼んでたし、多分だけど若干仲良いよね!?



[朝蔵 大空]
 「この前とか、他の女の子の手に触れてた」


[卯月 神]
 「あえ? あれは……ぶつかっただけで」



 ずるいよ、私だってもっと卯月くんとくっつきたいのに!



[朝蔵 大空]
 「喫茶店で卯月くん、女の人に笑いかけたりするでしょ」


[卯月 神]
 「仕事ですので……」



 ふたりの間に気まずい空気が流れる。



[朝蔵 大空]
 「てな感じで……」


[卯月 神]
 「朝蔵さん?」


[朝蔵 大空]
 「お互いヤキモチ焼きさんだったと言う事でこの話は終わらせましょう」


[卯月 神]
 「!?」





 つづく……。