[加藤 右宏]
 「な、なぁ落ち着き無いケド何かあったのか?」



 ミギヒロはあちこちを行ったり来たりして歩いている卯月に声を掛ける。



[卯月 神]
 「別に」


[加藤 右宏]
 「別にって、計画が上手く進まなくて焦ってんダロ?」


[卯月 神]
 「……ふん」



 卯月は思わずミギヒロに図星の表情を見せてしまう。



[加藤 右宏]
 「ピンポーンって感じダナ!まあ、ソウだな。オレ様も良い加減、急いだ方が良いと思う!」


[卯月 神]
 「人間、難しいです。どうしたら良いんでしょう……」



 そして一時の沈黙の後に……。



[加藤 右宏]
 「答えは簡単だ」


[卯月 神]
 「……っ!」


[加藤 右宏]
 「あいつを、朝蔵大空を殺せ」


[卯月 神]
 「は…………で、でもなんで僕が?」


[加藤 右宏]
 「決まってんダロ。シン様、お前がこの連鎖のきっかけになるんだ」


[卯月 神]
 「そんな……いけません、天使に人間を殺す事は出来ません」


[加藤 右宏]
 「カーっ!天使っつーのはなんでこうも、融通(ゆうずう)の利かない奴ばっかなんだー?」



 ミギヒロはその場で地団駄を踏む。



[卯月 神]
 「貴方は本当に、僕にあの人を殺させる気なんですか?」


[加藤 右宏]
 「ああ、そうだ。大丈夫!死んでも天国で会えるゾ!」



 軽蔑する目で見つめる卯月に対して、ミギヒロはそれでも明るく振舞っている。



[卯月 神]
 「……貴方は、やはり悪魔ですね」


[加藤 右宏]
 「今更なんだヨー、最初からそう言ってンじゃん!」


[卯月 神]
 「……」


[加藤 右宏]
 「聞いてシン様、オレの親父にも、あんたらんトコの大神様にもオレ達の事がバレるのは時間の問題なの」



 ミギヒロは卯月の肩を掴み、説く。



[卯月 神]
 「分かってはいますが……」


[加藤 右宏]
 「オレぇ、地獄の火炙りは嫌ダヨ?」


[卯月 神]
 「僕も嫌です」


[加藤 右宏]
 「そうダロ〜!?だからお願い!……はい、このナイフで」



 ミギヒロはどこからとも無く、1本のナイフをその手に現す。



[卯月 神]
 「……?」


[加藤 右宏]
 「このナイフの刃に触れた物体は、たちまち生命活動を終える事になる。間違ってお前が触らないようにね」



 今度は真剣な顔で話すミギヒロ。



[卯月 神]
 「は、はい……」



 ミギヒロの手から卯月の手へと、ゆっくりとナイフは受け渡される。



[卯月 神]
 「どうしても、やらなくてはいけないのですね」


[加藤 右宏]
 「……ああ」



 ……。


 昼休み、今日も食堂で里沙ちゃんと昼食を食べる。



[永瀬 里沙]
 「今日の卯月についてどう思う?」


[朝蔵 大空]
 「え?うん……どう思うって?」



 里沙ちゃんも気付いてるのかな、卯月くんの様子がいつもと違う事に。



[永瀬 里沙]
 「あんた!?気付かないの?」


[朝蔵 大空]
 「いや、確かにいつもと様子が違うと思う」



 卯月くんの彼女の私が、気付かないはすがないよ。



[永瀬 里沙]
 「あー良かった、さすがのあんたも気付いてたのね」


[朝蔵 大空]
 「うん……ねぇ、どうしちゃったんだと思う?」


[永瀬 里沙]
 「ごめん、私にも分からない……」


[朝蔵 大空]
 「……そっか」



 私は目の前のからあげを箸で摘み、口に運ぼうとする。



[狂沢 蛯斗]
 「あれは確実にっ!『嫉妬』でした!」


[朝蔵 大空]
 「わっ……」



 いきなりの狂沢くんの声に驚いた私は、箸で持っていたからあげを落としそうになり、ギリギリの所で手でキャッチする。



[永瀬 里沙]
 「狂沢……あんたなんで居んの?」


[狂沢 蛯斗]
 「学食を食べに来ました」


[朝蔵 大空]
 「司くんは?」


[狂沢 蛯斗]
 「はぁ……あの人ったら昨晩、ゲームとアニメ鑑賞に夢中になりすぎて、寝坊して朝にお弁当作れなかったんですって、ほーんとろくでもない人です」


[永瀬 里沙]
 「だったら巣桜くんも学食誘えば良かったじゃない」


[狂沢 蛯斗]
 「人が多すぎる所は怖いんですって、小心者は困りますねー」


[朝蔵 大空]
 「あ、そゆこと」



 だから朝あんな走って教室来たんだ。



[永瀬 里沙]
 「うん、でもそうね、卯月は多分……」



 ……。


 そして放課後。



[卯月 神]
 「……」


[如月 凛]
 「シン!」


[卯月 神]
 「……!」


[如月 凛]
 「何をするつもりですか?」



 卯月の前に凛が立ちはだかる。



[卯月 神]
 「リン……退いて下さい」


[如月 凛]
 「退きません」



 凛は卯月の目の前から退く気が無い。



[卯月 神]
 「……」


[如月 凛]
 「自分がやろうとしている事、ちゃんと分かっているのですか?」



 凛にそう言われた卯月は、モジモジと俯く。



[卯月 神]
 「分かってる……つもりです」


[如月 凛]
 「つっ、つもりじゃダメなんですよ!貴方!!」



 卯月の態度に腹を立てた凛は、卯月に声を荒げる。



[卯月 神]
 「……っ、ごめんなさい」


[如月 凛]
 「……?」


[卯月 神]
 「許して下さい」



 隙をついて卯月は凛の横を通り過ぎて行く。



[如月 凛]
 「シン!!」



 卯月は凛の呼び掛けを無視して、走り去ってしまう。



[如月 凛]
 「ダメですシン。神様は……貴方の事、許してはくれませんよ」



 凛はひとりでそう呟き、走り去る卯月の背中を見つめながら、卯月に対する呆れと、悲しげな表情をした。


 ……。



[朝蔵 大空]
 「……」



 学校も終わったので私は、ひとりで帰り道を歩いていた。



[朝蔵 大空]
 「あ……」



 前方に、立っている人の姿を見つけた。



[朝蔵 大空]
 「あれ?卯月くん?」


[卯月 神]
 「……」



 少し離れた所に、卯月くんがひとりで居るのに気が付く。


 私はそれに小走りで駆け寄る。



[朝蔵 大空]
 「卯月くん!」


[卯月 神]
 「朝蔵さん……」


[朝蔵 大空]
 「こんな所でどうしたの?今日はバイト無いの?」


[卯月 神]
 「はい、ありません」


[朝蔵 大空]
 「そっかぁ」



 卯月くんがバイト無いなら、このまま放課後デートにでも……♡



[卯月 神]
 「朝蔵さん、愛してます」


[朝蔵 大空]
 「えっ」



 卯月くん、今なんて言ったー?!!


 私に『愛してる』って言ったの?


 ウソ!人生で初めて愛してるだなんて言われた!


 めちゃくちゃ嬉しい!!



[朝蔵 大空]
 「も、もう何急に、あ、あの……わ、私もぉ、あ、愛してるよ……?」



 やだ!私達なんかバカップルみたい。



[卯月 神]
 「はい、だから……」


[朝蔵 大空]
 「うん?」


[卯月 神]
 「愛してるので、殺します」


[朝蔵 大空]
 「……愛してるので殺す?な、なにそれ」



 私がそう尋ねようとした時、卯月は後ろにやっていた右手を前に出す。


 その手に持たれていたのは、鋭い刃物だった。



[朝蔵 大空]
 「えっ……?何それ、ちょっと……」



 卯月くんはその刃物を持って私の方に歩いて来る。



[卯月 神]
 「そこを動かないで下さい」


[朝蔵 大空]
 「っ……!?なんでなんで?!」



 そう言われても、刃物を握った人に近付かれたら体が勝手に逃げちゃうよ……。



[卯月 神]
 「お願いです。僕は出来るだけ、貴女に痛い思いをしてほしくない!!」



 卯月くんが私に向かって走って来た。


 本当に殺される、私はそう思ってしまった。



[朝蔵 大空]
 「や、やめてー!!」



 私の足は恐怖によって動かなくなってしまい、私はただ本能的に叫ぶ。





 カラン……。





 目をぎゅむっと(つむ)っていると、地面に何か落ちる音だけが耳に響いた。



[朝蔵 大空]
 「え?」


[卯月 神]
 「ごめんなさい。やっぱり、やっぱり僕には出来ません!こんな事、あってはならない!」



 目を開けると、足下に先ほどの刃物が落ちていた。



[朝蔵 大空]
 「え……」



 意味が分からないよ卯月くん。


 本当に、何がしたいの?



[卯月 神]
 「……朝蔵さん」


[朝蔵 大空]
 「な、何……?」


[卯月 神]
 「僕達、もう別れましょう」



 その言葉を聞いた瞬間、私は頭の中が真っ白になる。



[卯月 神]
 「ごめんなさい!」



 卯月くんは私に背を向け、走り出す。



[朝蔵 大空]
 「あっ……」



 どうしよう!引き止めなきゃいけないのに……。


 言葉が……言葉が、言葉がなんにも出てこない〜!



[朝蔵 大空]
 「あっ!」



 私は思い出す、昼に食堂で里沙ちゃんに言われた事を。



[永瀬 里沙]
 「狂沢、あんたはどっか行って」


[狂沢 蛯斗]
 「ふん、ボクに命令をするつもりですか?」


[永瀬 里沙]
 「あっちへ行きなさい」


[狂沢 蛯斗]
 「は……はい」


[永瀬 里沙]
 「卯月は多分、焦ってるんだと思うわ」


[朝蔵 大空]
 「焦ってる?」


[永瀬 里沙]
 「そう、ふたりの関係について。あんた達、キスの先はしたの?」


[朝蔵 大空]
 「キスの先……?え、私達キスはまだ……」


[永瀬 里沙]
 「えっっ!?」


[朝蔵 大空]
 「……!」


[永瀬 里沙]
 「あんた達キスしてないの〜〜!!?」



 ……これだ!!



[朝蔵 大空]
 「待って!卯月くん!」



 私は持っていたカバンを投げ捨て、無我夢中で卯月くんの後を追い掛けた。


 普段運動が苦手で足が遅い私でも、この時だけは速度が出た。



[卯月 神]
 「こ、来ないで下さ……」


[朝蔵 大空]
 「卯月くん、ごめん!」



 卯月くんに追い着いた私は、彼の肩を掴んだ。


 そして次の瞬間……。



[卯月 神]
 「!!?」


[朝蔵 大空]
 「……」



 私は、卯月くんとお互いの唇を重ねる。



[卯月 神]
 「……??!」


[朝蔵 大空]
 「……?」



 卯月くんとの初めてのキス。



[子供]
 「ママー!あの人達チュウしてる〜」


[母親]
 「こ、こら……邪魔しないの!」


[卯月 神]
 「……!!!」



 通りがかりの親子に私と卯月くんがキスをしているのを見られてしまった!


 て言うか、キスしたのは良いものの……やめ時が分からないんですけど。



[卯月 神]
 「……や」


[朝蔵 大空]
 「……?」


[卯月 神]
 「やめて下さい!!!」


[朝蔵 大空]
 「ふぎょっ!?」



 卯月くんは私の胸を押し、強い力で突き飛ばす。



[朝蔵 大空]
 「う、うわうわ、わっ!?」



 よろめいてしまった私は、近くに流れていた川に、ガードレールを超えて落ちてしまう。



[朝蔵 大空]
 「きゃあっ!?」





 ジャプン!!





[卯月 神]
 「あ……朝蔵さん!」


[朝蔵 大空]
 「た、助けて!助けて!!」



 泳ぎの得意ではない私は、水の中で足をばたつかせて藻掻(もが)く。



[朝蔵 大空]
 「た、助け……あ、あれここ……?」


[卯月 神]
 「朝蔵さん?」



 溺れ死ぬと思った私は、ある事に気が付く。



[朝蔵 大空]
 「ここ足着く」



 私の落ちた川は意外と浅かった。


 ……。



 夕方、お日様がオレンジの光を放ちながら沈んで行くのを見る。



[卯月 神]
 「ごめんなさい」


[朝蔵 大空]
 「うん、それはもう良いんだけど……」



 川の中に入ったせいで、私の服と髪は完全に濡れてしまった。


 このままでは帰れない為、私は卯月くんと一緒に川辺に座り込んでとりあえず服が乾くのを待つ。



[朝蔵 大空]
 「うーん……」



 私は卯月くんの薄くて綺麗な唇に目が行ってしまう。



[卯月 神]
 「どうしたんですか?」


[朝蔵 大空]
 「いや、さっき私達キスしちゃったんだ、って思って」



 私は今更になって恥ずかしくなり、卯月くんから目を逸らす。


 ちょっと気まずいんだよね。



[卯月 神]
 「自分からやったんでしょう、まったく」



 卯月くんもどことなく恥ずかしそうにしている。



[朝蔵 大空]
 「うん、それはそうなんだけどね」


[卯月 神]
 「貴女は衝動的すぎます……」


[朝蔵 大空]
 「卯月くんさ」


[卯月 神]
 「は、はい」


[朝蔵 大空]
 「なんでさっき、あんなの持ってたの?」


[卯月 神]
 「ナイフの事ですか」



 川に落ちる前に私は、卯月くんにナイフで殺されかけた。



[朝蔵 大空]
 「私の事……殺そうとしたの?」


[卯月 神]
 「僕は……」



 卯月くんは静かに首を縦に振った。



[朝蔵 大空]
 「そんな」


[卯月 神]
 「ごめんなさい、僕が愚かでした。あんな悪魔の言葉に(そそのか)された僕が悪いんです。やっぱり……こんな僕は、貴方に相応しくない」


[朝蔵 大空]
 「それって!殺したいほど私の事が好きって事!?」


[卯月 神]
 「え?」



 私は口を手で覆い、目を見開いて驚く。



[朝蔵 大空]
 「それって恋愛小説でよくある、狂愛(ヤンデレ)……?」


[卯月 神]
 「レンアイショウセツ?……やん……なんですか?」


[朝蔵 大空]
 「私、卯月くんは涼愛(クーデレ)だと思ってた」


[卯月 神]
 「クーデター??」


[朝蔵 大空]
 「卯月くんどうして……私がよくヤンデレものの恋愛を見てるの知ってるの!?」


[卯月 神]
 「……?朝蔵さんちょっと待って下さい」


[朝蔵 大空]
 「あのね卯月くん!私が喜ぶって思ったのかもしれないけど、あれはフィクションの中で起きるから良いのであって!三次元であっても怖いだけだからね!?」



 痛いのとか厳しすぎる束縛も、現実では無理!!



[卯月 神]
 「あ、貴女はさっきから僕の分からない言葉ばかりを話しています……」



 私の喋っている言葉の意味が分からない卯月くんは、ただ困っている。



[朝蔵 大空]
 「卯月くん、今度からは……」


[卯月 神]
 「なんですか?」


[朝蔵 大空]
 「ちゃんと話をしよう!こう言う事が二度と起こらないように!」


[卯月 神]
 「えっ、ちゃんと……話す?」


[朝蔵 大空]
 「うん!ほらこうやって……」



 私は隣に居る卯月くんの手を握る。



[朝蔵 大空]
 「私は、卯月くんとこうしてるだけで凄く幸せ、だからさ」


[卯月 神]
 「……はい、そう、ですね……!」



 結局、日が沈み切るまでふたりで川辺でゆっくりと過ごし、門限のある私は後でお母さんにめちゃくちゃ怒られました。





 「ドリームサマー」おわり……。


 第2傷「心青」 〜完〜


 以上、13話(26部分)を()ちまして『悲恋の大空』の2章を終了させて頂きます。


 最後に、ここまで読んで下さった優しい読者様にお願いがあります。


 この小説に作品フォロー、評価☆☆☆、応援♡、コメントなどをしてもらえると作者は大変喜び、今後の執筆の励みにもなります。


 頑張りますのでどうかこれからも、『悲恋の大空』をよろしくお願い致します!