[朝蔵 真昼]
 「なに」



 私は、自分の席に座って勉強をしていた真昼に声を掛ける。



[朝蔵 大空]
 「真昼さぁ!今度の日曜、空いてる?」


[朝蔵 真昼]
 「ん、塾無いし一応空いてるけど」



 真昼は私の方には視線を向けず、手元の勉強用ワークに向かっている。



[不尾丸 論]
 「……?」


[不尾丸 論]
 (あれは……雰囲気的に、兄弟?)



 近くに居た不尾丸が、大空と真昼の会話に耳を傾ける。



[朝蔵 大空]
 「あのね、『お願い』があるんだけど……」


[朝蔵 真昼]
 「うん?」


[不尾丸 論]
 「……?」



 不尾丸は引き続き、ふたりにバレないように気配を消しながら話を盗み聞く。



[朝蔵 大空]
 「今度私達、ダブルデートするのね、だから……」


[朝蔵 真昼]
 「ふーん」


[朝蔵 大空]
 「だから真昼、里沙ちゃんのデートの相手になってくれない?」


[朝蔵 真昼]
 「えっ、里沙さんと……デート?」



 私がそう言った途端、真昼はペンを走らせる手を止め、冷めていた瞳にキラキラを宿す。



[朝蔵 大空]
 「うん!真昼さえ良ければ……」


[朝蔵 真昼]
 「行く!お姉ちゃんありがとう!」



 真昼が食い気味にそう答えてくる。


 よほど里沙ちゃんと出掛けれる事が嬉しいのね。



[朝蔵 大空]
 「真昼〜〜〜」



 真昼が私に『ありがとう!』って、しかも『お姉ちゃん』とか、こんなに無邪気な笑顔を向けてくる真昼、何年振りかな!?


 里沙ちゃんを少し懲らしめる為にだったけど、こんなに喜んでくれるなら言ってみて良かったー!



[不尾丸 論]
 「……」


[不尾丸 論]
 (なんだこの姉弟(きょうだい)……)



 傍で聞いていた不尾丸は呆れてしまっている。


 ……。



[永瀬 里沙]
 「……」


[朝蔵 真昼]
 「里沙さん?」



 今は大空の弟の真昼くんとお化け屋敷の中を歩いている。


 友達と楽しく遊園地を楽しめると思ってたのに、まさかその友達の弟くんと強制デートをさせられるとは……。


 完全に油断してた!



[永瀬 里沙]
 「えっ?」


[朝蔵 真昼]
 「どうしたの?怖いの?」



 私が怖いのは君だよ真昼くん。


 むぅー!大空の奴!覚えてなさいよ〜!!



[永瀬 里沙]
 「えっと、大丈夫」



 私は素っ気なく答える。



[朝蔵 真昼]
 「もしかして、ぼくと居るの嫌……?」


[永瀬 里沙]
 「え?いや、ち、違うよ?」



 真昼くんは大空の弟だから、あんまり無碍(むげ)には出来ない。



[朝蔵 真昼]
 「ほんと?」


[永瀬 里沙]
 「うん……」


[朝蔵 真昼]
 「ほんと!?良かった、里沙さんやっぱり大好き!」



 真昼くんが容赦なく私の腕に引っ付いて来る。


 大空が溺愛するぐらいの弟だもの、顔はとっても可愛く整ってる。


 だけどやっぱ『友達の弟』にこうされるのはどうしても複雑な気持ちなのよねー。


 申し訳ないけど真昼くんは、そう言う目で見れない!



[永瀬 里沙]
 「あ、暑いからもう少し離れようか?」



 今日一日は我慢……今日一日は我慢……。



[朝蔵 真昼]
 「うん!好き、里沙さん里沙さん!」


[永瀬 里沙]
 「聞いてる……?」



 もー!やってくれたわ大空!


 ダブルデートとか言っときながら、大空と卯月だけさっさとどっか行っちゃったし!


 絶対私と真昼くんをふたりきりしたかっただけでしょ!


 ふたりきりにさせたって別になんにもならないんだからー!


 て言うか、させないし。



[朝蔵 真昼]
 「里沙さん里沙さん、好き好き好き好き好き」



 怖っ!こう言う病的な所がマジで苦手!


 私が好きなのは、デレデレでもなくツンデレでもなくヤンデレでもなく、クールな"クーデレ"なのに〜!


 やっぱ無理、隙をついて逃げよ……。



[永瀬 里沙]
 「……」



 私はシレッと真昼くんの傍から離れようとする。



[朝蔵 真昼]
 「……?嫌っ!離れちゃダメだよ!」



 真昼くんから離れようとするも、腕を掴まれてて逃げられない。



[永瀬 里沙]
 「う、いやー!」



 私は真昼くんの腕をなんとか振りほどき、急いで先に進んで行く。



[永瀬 里沙]
 (ギブ!)



 ついにお化け屋敷の外に出れて、私は遠く遠くの方まで突っ走った。



[永瀬 里沙]
 (遠く!あの子は絶対追ってくる!出来るだけ遠くに逃げなきゃ!)


[永瀬 里沙]
 「きゃ!」



 何かにつまづいてしまう私。


 その時、地面に誰かが……。



[朝蔵&卯月]
 「「うぅ……」」



 !?



[永瀬 里沙]
 「あ……あんた達!?」



 大空と卯月!?こいつらなんでこんな所に転がってんの!?


 通行の邪魔になりそうなので、私はふたりをなんとか道の隅にまで運ぶ。



[永瀬 里沙]
 「ちょっとー!?」


[朝蔵 大空]
 「……」



 大空の方には反応が無かった。


 死んでる?



[永瀬 里沙]
 「おい!」


[卯月 神]
 「うーん……」



 卯月、意識はあるみたいだけど、私の呼び掛けには応じる気は無いように見えた。


 ふたりともとてつもなく体調が悪いようだけど。


 この近くは……コーヒーカップ?


 まさかこいつらこれで!?


 小学生かよ!!高校生だったらちゃんと自分のキャパぐらい理解しろっつーの!!



[卯月 神]
 「……」



 ただ遠くを見てボーッとしている卯月。



[卯月 神]
 (あーあもう魔法で治しちゃいましょう)



 卯月は不思議な力で、その体に白い光を(まと)い、自身を回復させた。



[卯月 神]
 「ふぅ……」


[永瀬 里沙]
 「え」



 やっと目と目が会う里沙と卯月。



[卯月 神]
 (なんだこの人居たんですか、面倒臭いですね知らん振りしましょう)


[卯月 神]
 「……」



 卯月は隣の大空をチラ見し、その肩に寄り掛かり目を閉じる。



[永瀬 里沙]
 「な……」



 こいつ今、何をしたの?


 明らかに人間には出来ない行いをしたわよね?



[永瀬 里沙]
 「おいイチャつくな!!み、見たわよ!今はっきり見させてもらったわ!現行犯逮捕ー!」


[卯月 神]
 「う……ん?」


[永瀬 里沙]
 「しらばっくれても無駄よ!あんた、絶対"妖怪"かなんかでしょ?」



 害獣を見るような目で卯月にビシッと指を差す里沙。



[卯月 神]
 「は?」


[永瀬 里沙]
 「あんた、うちの友達騙して、タダじゃおかないからね!」



 前から怪しいとは思ってたの!!



[卯月 神]
 「何を言ってるんですか貴女……」


[永瀬 里沙]
 「あんたの企みは何?大空(たぶら)かして最終的には食うつもり!?」


[卯月 神]
 「タブラ……?タブラ?」



 『誑かす』の意味が分かっていない卯月。



[卯月 神]
 (イライラする、この人は僕に何が言いたいんだ?)


[永瀬 里沙]
 「分かった!あんた淫魔でしょ?そーんな大人しそうで地味な顔して、大空誑かして最終的にはあーんな事やこーんな事を……」


[卯月 神]
 「なんか凄く良くない方向に話が行きそうなので答え言いますね、僕は天の使いの者になります」



 『天の使い』……?



[永瀬 里沙]
 「えっ、天の使いって……天使って事?」


[卯月 神]
 「はい、そうなりますね」



 なんですとー!?



[卯月 神]
 (勢いで言ってしまいましたが……まあ後でミギヒロくん辺りに記憶消去してもらいましょう。"今日来るって言ってましたし")



 そう思いながら卯月は一瞬空を眺める。



[永瀬 里沙]
 「え!あんたが天使!?どこが!?天使って言うのは、もっと慈愛に溢れてて、雰囲気だってふわーふわしてて……」



 私は理想の天使像を頭上に思い浮かべる。



[卯月 神]
 「いや、性格面での話ではなく、種族の話です」


[永瀬 里沙]
 「なんでも良いわ!」


[卯月 神]
 「えー……」



 バッサリと里沙に切り捨てられ、困惑してしまう卯月。



[永瀬 里沙]
 「あんたが天使でも妖怪でもなんでも良いのよこっちは!私は、あんたが大空と最終的にどうするつもりなのか聞きたいの!!」


[卯月 神]
 「……!それは……その…………」



 里沙の言葉に色々と考えさせられている様子の卯月。



[永瀬 里沙]
 「……?」


[卯月 神]
 「……そんなのばっかりですね、人間の方達は」


[永瀬 里沙]
 「卯月?」


[卯月 神]
 「……」



 ここでは話せない……か、大空も隣に居るもんね。



[永瀬 里沙]
 「ごめん、大空に聞かれたくない事もあるよね。あっちの方で話そ」


[卯月 神]
 「……」



 卯月はそう提案する里沙に、黙って頷いた。


 ……。



[永瀬 里沙]
 「どうして、泣きそうな顔をしているの?」


[卯月 神]
 「いや泣きませんけど……」



 卯月のこんなしんどそうな顔、初めて見たかも。


 いっつも無表情で、狂沢達から煽られても『気にしてない』とか当たり障りの無い反応をして。


 こいつも意外と色々な事を耐えてるのかもしれない。


 それでも私は、何考えてるのか分からないこいつが、何を考えてるのか知りたい!



[永瀬 里沙]
 「ねぇ、あんたってほんとにその天使ってやつなの?流行りの中二病とかじゃなくて?」


[卯月 神]
 「チュウニビョウ……?えっと、僕と朝蔵さんは種族も違うし、住んでる世界も違うんです」


[永瀬 里沙]
 「えっ?」



 卯月が私達と違う世界の住人って事だよね?



[卯月 神]
 「朝蔵さんが僕以外の人に好かれてるのなんて近くで見てて面白くないし、その人達から攻撃されるのも、本当は辛い」


[永瀬 里沙]
 「付き合ってるの隠してるのって……」


[卯月 神]
 「……全部目的の為です、あの人が人間の魂を救ってくれなければ、僕達は一緒にはなれない。人間の朝蔵さんと天使の僕とじゃ、結ばれる事なんて……」


[永瀬 里沙]
 「……?」



 この子は何を言っているの?


 目的?大空が人間の魂を救う?



[永瀬 里沙]
 「目的って、『大空とずっと一緒にいる』事?」



 こいつもこいつでかなり彼女の事好きなんだなー。



[卯月 神]
 「はい、まあそうですね。ですが」


[永瀬 里沙]
 「ちょ、ちょ、ちょっと待って!まさか、大空をあんたの方の世界に連れて行っちゃうつもりじゃないでしょうね!?」


[卯月 神]
 「おっ……なんですか、察しが良いのですね」


[永瀬 里沙]
 「そんなの困るんだけど!」


[卯月 神]
 「えっ」


[永瀬 里沙]
 「大空は私の親友!どこにも行かせない!私だけじゃない、あの子には家族だっているのよ!そんな簡単に連れてこうなんて勝手よ!」



 もし卯月の話が本当なら、大空となかなか会えなく……いや、一生会えなくなるかもって事じゃない!?


 そんな、幽霊が生きてる人をあの世の道連れにするみたいな事、絶対にさせたくない!


 やっぱり大空がこいつと付き合う事は反対!!



[卯月 神]
 「あ、あの……確かに、成り立ての天使は人間界に降りて来る事は禁止されています」


[永瀬 里沙]
 「やっぱり!そんなの……死んだ事と同じ。大空が居なくなった後のこの世の事とか考えたの?」


[卯月 大空]
 「あー……」


[永瀬 里沙]
 「考えてなかったのね!」



 もし本当に大空が連れてかれちゃったら、誘拐事件として大捜索になると思うし。



[卯月 神]
 「すみません……」


[永瀬 里沙]
 「すみませんじゃないわよ!なんかウダウダ言ってるけど、あんたがここに残りなさいよ!」


[卯月 神]
 「え……ど、どう言う事ですか?」


[永瀬 里沙]
 「はぁ……居るのよねー、遠距離恋愛でも。彼女を自分の所に来させてばかりで、自分はちっとも彼女に会いに行ってあげないダメ男がっ!」


[卯月 神]
 「はい?」


[永瀬 里沙]
 「あんたがそれだって言ってんの!」


[卯月 神]
 「僕が、ダメな男?」


[永瀬 里沙]
 「良いかしら!?馬鹿な事考えてないで、まずこの世で大空を最高に幸せな女にしてご覧なさいよ!話はそれからよ!」


[卯月 神]
 「えっと……」


[永瀬 里沙]
 「今のあんたは大空の彼氏失格よ」


[卯月 神]
 「……!!僕が、朝蔵さんの恋人……失格」



 里沙の言葉に俯いてしまう卯月。



[永瀬 里沙]
 「卯月?」


[卯月 神]
 「そうですよね、僕なんて嫉束くん達と比べたら、パッとしないし、男としての華やかさも無いでしょう。本当に、面白くない男です」


[永瀬 里沙]
 「……」


[卯月 神]
 「永瀬さん、僕は……朝蔵さんと、結ばれない方が良いのでしょうか」


[永瀬 里沙]
 「そう言う事じゃない」


[卯月 神]
 「……?では……」


[永瀬 里沙]
 「この、わからず屋っ!」


[卯月 神]
 「あっ」



 里沙は卯月に背を向け、走り出す。


 その時……。



[加藤 右宏]
 「ふん、世話が焼けルぜ」



 上から様子を見に来ていたミギヒロが、里沙目掛けて……。



[永瀬 里沙]
 「あら?私、今まで何を……」



 ミギヒロの魔法によって先ほどの記憶を無くした里沙が、辺りをキョロキョロと見渡す。



[朝蔵 真昼]
 「里沙さーーん!!」


[永瀬 里沙]
 「おわっ!?」


[朝蔵 真昼]
 「やっと見つけた!ねぇ、なんで逃げるのー?」


[永瀬 里沙]
 「ひえ〜!お助け〜!」



 真昼に見つかった里沙は、逃げるようにパーク内から飛び出した。


 ……。



[朝蔵 大空]
 「……あれっ!?皆んな!?」



 私は気を失っていたのか、道端で意識が返る。



[朝蔵 大空]
 「まさか、置いてけぼり!?そんな…………皆んなーー!!」



 夕焼け空の下、静かになった遊園地の一角でひとりになった寂しい私であった。





 「デスデイズ」おわり……。