「俺と涼我が出会ったのは・・・俺が小4で、涼我が小2のころだ」
「かなり長い付き合い・・・なんですね」
「ああ」
もう夜も更けて、空には星が浮かんでいた。
夜の闇の静かな中に、私たちの話す言葉だけが、小さく響き渡る。
「そのときの涼我は・・・なんて言えばいいのか、とにかくやんちゃだった」
「え!?やんちゃ・・・?」
瀬名くんに「やんちゃ」というフレーズが似合わず思わず聞き返してしまった。
「そう。よく喧嘩をおこすわ、先生の話聞かないわ、女子泣かすわで・・・・とにかく絵にかいたようなやんちゃ小僧だったぞ」
「せ、瀬名くんが・・・?」
全く想像がつかない。
特に女子を泣かすってところ。
「実をいうと俺もその時はまあまあなやんちゃ極めていてな」
「チ、チカラさんまで!?」
この二人がやんちゃ・・・?
同じ世界線とは思えない状況だ。
「俺と涼我が仲良くなったのもそのつながりだ。夜中何人かで学校に忍び込んだり、いっしょに授業さぼったり・・・まあ今思えば黒歴史だけどな・・・」
チカラさんが苦笑交じりにそう話す。
「とにかくそんな感じで、涼我はわがままだし、すぐ手が出るし、人の話を聞かないし、問題児だったんだけど」
「・・・はあ」
私はいまいちチカラさんの話したいことをつかめず微妙な反応をする。
「たださ、そんな涼我はある時期を境に、突然問題行動をやめたんだ」
「・・・ある時期?」
「そう」
チカラさんは、ふーっと息を吐いた。
そして話しずらそうに、視線を伏せる。
「・・・あいつの、両親が亡くなったときだ」
「!」
「あいつが小5のときのことだ。交通事故だった。大型トラックとの衝突事故で・・・もう事故直後には命を落としていて・・・助かりようもなかったそうだ」
「・・・え?」
私の口から、無意識に声が漏れた。
両親が・・・交通事故?
そんなの・・・初めて聞いた・・・。
呆然とする私に気遣う余裕もないのか、チカラさんは話を続ける。
「そうして、両親を失ったあいつを、親せきの中で誰が引き取るかという話になったそうなんだが・・・」
チカラさんが言いづらそうに言葉を一度止めた。
「・・・その、引き取ると言い出す人がいなかったらしい。もともとあいつの家は親戚付き合いがかなり深くて、一年に数回は会う仲だったにもかかわらず、だ」
「・・・・」
「まあ、理由はいろいろだ・・・、経済的に難しいだの、こんな問題児は育てられないだの、自分の家の子供だけで手いっぱいだの・・・」
チカラさんはその話を、おそらく瀬名くん本人から聞いたのだろう。
だとすると・・・瀬名くん本人は当然その話を知っているってことだ。
それまでは親しくしていたはずの親戚一同が、そろいもそろって引き取りたくない理由を並べ立てる空間・・・。
想像するだけでぞっとする。
しかも当時の瀬名くんはまだ小学生なのに。
私は当時の彼の気持ちが、泣きそうなほど想像できた。
「『男の子はちょっとやんちゃなくらいのほうがいい』とか言っておいて、引き取るってなったら『問題児だから無理』だそうだ。ほんと、大人ってのは勝手なもんだ」
チカラさんも、やるせなさそうにつぶやく。
「え・・・でもじゃあ、結局瀬名くんはどうなったんですか・・・?誰も引き取れないんじゃ・・・」
「最終的には叔父の家に引き取られることになったらしい。今のあいつの家だ。ただ・・・その人はまあ、仕事熱心というか仕事一筋というか・・・とにかくそんな感じの人でな。帰ってくるのは夜中で、朝も早くから出ていくような生活をしてて・・・・、妻もいない、当然子供もいない」
じゃあ・・・瀬名くんは・・・ずっとひとりぼっち、ってことだろうか・・・。
嫌でもそのことが想像できてしまった。
あの広い家に・・・ひとりぼっち。
「確か・・・外資系に勤めてるって話だったから、海外への出張もよくある話だった。ただそのおかげか、金銭面で苦労することはなかったみたいだが」
お金があるから・・・か。
お金があって、他に子供もいなくて・・・、だから引き取り手に選ばれたのかもしれないけれど、そんな表面的な事情だけで子育てがうまく行くわけない。
あまりにも無責任だ。
「あいつはそれ以来、人が変わったようにいい子になった」
「それ以来・・・」
「そう。きっと、家に帰ってもひとりで、家族もいないあいつにとって、学校で必要とされないかったら、もう居場所がなかったんだろう・・・。もともと器用な奴だから、まじめに授業受ければ、学業も運動もそつなくこなせるようになったし、友達も増えた」
そのころの瀬名くんはきっと、必死に自分の居場所を作っていたんだろう。
誰にも必要とされない痛みを、苦しいほど味わってしまったから。
「けどまあ・・・教師も同級生も、突然手のひら返したように好意的になった反面、俺と涼我が属してた仲間うち・・・まあ、やんちゃ友達みたいなもんだな、そこでは逆に、涼我のことをよく思わないやつも出てきて」
「・・・どうして・・・」
「まあノリが悪くなったとか、その程度の理由だ。まだ当時は小学生や中学生の集まりだからな。そんでそいつらは逆に、手のひら返したように涼我のことをハブるようになって」
チカラさんは当時を思い返すかのように、眉間にしわをよせた。
「こんなこと言ってるが、俺だって例外じゃない。涼我の事情はそれとなく聞き及んでいたし、正直味方になりたい気持ちはあったが・・・俺は当時そいつらしか友達がいなかったもんだから、そこからはじき出されるのが怖かったんだ・・・」
チカラさんがそこで歩みを止めた。
その拳は、強く、強くにぎりしめられている。
「・・・俺は・・・弱くて・・・、あのとき・・・っ、涼我の味方になれるのは・・・俺だけ、だったのに・・・」
そう話すチカラさんは、悔しそうに顔をゆがめた。
チカラさんの目に、涙が浮かぶ。
私はそんなチカラさんに、何か言葉をかけたくて、口を開く。
「・・・でっ・・・でも、瀬名くんはそのとき・・・、他に友達ができてたんでしょう?同じクラスの子とか、先生だって好意的に接してくれてたって・・・」
「それだけじゃだめだ」
チカラさんは額の髪を払うふりをして涙をぬぐい、言葉を続ける。
「もともと親しかった人が、変わらず親しくしてくれる必要があったんだよ、あの時のあいつには。家族に先立たれ、親しかった親戚に裏切られ、・・・そのうえ親しかった友達まで失ったら、あいつにはもう何も残らない・・・」
「・・・・」
「あいつはそのことがあって以来、人を信用することを極端に嫌がる。人に深入りせず、うわべだけの笑顔で、うわべだけの関係を築くことばかりが得意になってしまった」
確かに、瀬名くんはいつも笑っている気がする。
みんなに優しいし、みんなに笑いかける。
まるで淡々とした作業のように。
「深入りはしないが、必要とはされたい。矛盾してるとは思うが、あいつはずっとそう願ってる・・・今も」
瀬名くんは、いつも飄々としていて。
何を考えているのかよくわからないし、何を望んでるのかよくわからない。
その胸の内には・・・そんな切実な願いが、隠されていたの?
「・・・俺はあいつの両親の事故から数か月たって、久しぶりに家のそばですれ違ったとき、やっと過ちに気づいたんだ・・・」
「・・・・」
「その時のあいつは友達といたけど、俺がかつて見てた素直な笑顔なんかなかった。ひと当たりのいい作り笑顔作って、そんで一人になったとたん抜け殻みたいに無感情になって・・・・、それ見た瞬間、事故の後そばにいてやれなかったこと、心の底から後悔したよ」
「・・・じゃあ、それで瀬名くんとはまた話すようになったんですか・・・?」
チカラさんは小さく首を振った。
「・・・俺は弱いからな、何度も今日こそはと思いつつ、結局涼我にはずっと話しかけられずにいて・・・、でも当時の俺はそんな自分の弱さがもどかしくてな。その頃から武術を極めようと思って部活に入ったんだ。そうするうちに部活内で友人ができて・・・徐々にそのやんちゃ仲間とつるまなくなって」
「・・・それで、瀬名くんと話すように?」
「そう、そこでやっとだ。もうその頃には事故から一年くらい経ってた。今更だけど許してほしい、もう一度友人に戻りたいって話したら、涼我はまあ・・・当然承諾はしてくれたよ。しばらくは他の同級生と同じく、うわべだけの笑顔しか向けてくれなかったけどな」
てっきり・・・チカラさんと瀬名くんは、ずっとずっと仲のいい幼馴染のような関係なのかと思っていた。
まさか、一度疎遠になった時期があるなんて。
「あいつが中学に上がってしばらくしたあたりから、徐々に気を許してもらえるようになって。家が隣なのが大きかったな、家ではあいつは一人だから・・・晩御飯とか休日の暇な日とか、俺の家で過ごすよう誘ってたら、自然と同級生より過ごす時間は長くなるし」
「・・・そうなんですね・・・」
「それでも一年ちょっとはかかったわけだし・・・その点九鬼さんはすごいと思う」
「え?」
突然自分に話を振られ、思わず、私ですか?と聞き返す。
「涼我と会って、まだ半年ちょっとだろう?涼我はそれなのに君には心を許しているようだから」
「そんな・・・こと・・・」
以前の自分なら、少しはその自信があった。
瀬名くんとは秘密のつながりがあって、少しずつだけど確かに私に向ける笑顔は柔らかくなって。
だけど正直・・・この話を聞くと、そんな自信なんてまやかしだったんじゃないかって思えてくる。
「・・・そんなこと、ないです・・・。瀬名くんの過去なんて、聞いたこともないですから・・・、瀬名くんにとって、私はまだその程度ってこと、です・・・」
「・・・まあ涼我にとってはつらい過去だからな。できれば話したくはないんだろう。こういうのは話すきっかけもそうそうないし」
「そうなんですけど・・・」
瀬名くんの過去のことなんて知らず、ただ私がいっしょにいたいから、とかそんな理由で告白したのが、今になってなんて浅はかだったのかと思えてくる。
「それに、本当に九鬼さんのことをなんとも思ってないなら、涼我は迷わず振るから。あいつは、他人に深入りしないよう、今までずっと彼女なんて作ってこなかったんだ。その点、九鬼さんへの告白の返事は保留にしただろう?」
「・・・はい」
「深入りしないっていう自分の中の決まりが揺らぐほど、あいつの中で九鬼さんの存在が特別だったってことだよ」
「・・・・」
そう言ってもらえるのはうれしい。
けれどやっぱり、告白は身勝手だったんじゃないかと思えてしまう。
人と深入りしない、そう決めることでどうにか心の平穏を保っていた瀬名くんに、余計な悩みを与えてしまうだけなんじゃないか、って。
黙り込む私に、チカラさんは言葉をかける。
「きっと涼我は九鬼さんにもう心を許している。だけど恋人って特別な名称がその関係につくのが怖いんだろう。君と深い仲になったことが実感できてしまうから。だけどそれは、いつか乗り越えていかなくちゃいけないことだと俺は思う」
「・・・はい」
「そして俺は、涼我がその一歩を踏み出せるとしたら、九鬼さんだけだと思う」
私は、どう返せばいいかわからず沈黙する。
私ならできる・・・なんて、そんな風にやすやすとは思えないから。
瀬名くんのこと、何も知らない私が・・・、瀬名くんの心を変えるなんて・・・。
「あいつが一歩踏み出せるまで、九鬼さんも急かさないでやってくれ」
「・・・・はい」
私はこくんと頷いた後、チカラさんに頭を下げた。
「・・・この辺で、大丈夫です。家、もうすぐそこなので。勉強の邪魔して、すみませんでした」
「気にするな。じゃあ、また」
チカラさんを手を振って見送る。
雲が出てきたのか・・・空の星は、見えなくなっていた。
駆け出すようだった私の心も、もう暗い空に重く沈み込むようだった。
「かなり長い付き合い・・・なんですね」
「ああ」
もう夜も更けて、空には星が浮かんでいた。
夜の闇の静かな中に、私たちの話す言葉だけが、小さく響き渡る。
「そのときの涼我は・・・なんて言えばいいのか、とにかくやんちゃだった」
「え!?やんちゃ・・・?」
瀬名くんに「やんちゃ」というフレーズが似合わず思わず聞き返してしまった。
「そう。よく喧嘩をおこすわ、先生の話聞かないわ、女子泣かすわで・・・・とにかく絵にかいたようなやんちゃ小僧だったぞ」
「せ、瀬名くんが・・・?」
全く想像がつかない。
特に女子を泣かすってところ。
「実をいうと俺もその時はまあまあなやんちゃ極めていてな」
「チ、チカラさんまで!?」
この二人がやんちゃ・・・?
同じ世界線とは思えない状況だ。
「俺と涼我が仲良くなったのもそのつながりだ。夜中何人かで学校に忍び込んだり、いっしょに授業さぼったり・・・まあ今思えば黒歴史だけどな・・・」
チカラさんが苦笑交じりにそう話す。
「とにかくそんな感じで、涼我はわがままだし、すぐ手が出るし、人の話を聞かないし、問題児だったんだけど」
「・・・はあ」
私はいまいちチカラさんの話したいことをつかめず微妙な反応をする。
「たださ、そんな涼我はある時期を境に、突然問題行動をやめたんだ」
「・・・ある時期?」
「そう」
チカラさんは、ふーっと息を吐いた。
そして話しずらそうに、視線を伏せる。
「・・・あいつの、両親が亡くなったときだ」
「!」
「あいつが小5のときのことだ。交通事故だった。大型トラックとの衝突事故で・・・もう事故直後には命を落としていて・・・助かりようもなかったそうだ」
「・・・え?」
私の口から、無意識に声が漏れた。
両親が・・・交通事故?
そんなの・・・初めて聞いた・・・。
呆然とする私に気遣う余裕もないのか、チカラさんは話を続ける。
「そうして、両親を失ったあいつを、親せきの中で誰が引き取るかという話になったそうなんだが・・・」
チカラさんが言いづらそうに言葉を一度止めた。
「・・・その、引き取ると言い出す人がいなかったらしい。もともとあいつの家は親戚付き合いがかなり深くて、一年に数回は会う仲だったにもかかわらず、だ」
「・・・・」
「まあ、理由はいろいろだ・・・、経済的に難しいだの、こんな問題児は育てられないだの、自分の家の子供だけで手いっぱいだの・・・」
チカラさんはその話を、おそらく瀬名くん本人から聞いたのだろう。
だとすると・・・瀬名くん本人は当然その話を知っているってことだ。
それまでは親しくしていたはずの親戚一同が、そろいもそろって引き取りたくない理由を並べ立てる空間・・・。
想像するだけでぞっとする。
しかも当時の瀬名くんはまだ小学生なのに。
私は当時の彼の気持ちが、泣きそうなほど想像できた。
「『男の子はちょっとやんちゃなくらいのほうがいい』とか言っておいて、引き取るってなったら『問題児だから無理』だそうだ。ほんと、大人ってのは勝手なもんだ」
チカラさんも、やるせなさそうにつぶやく。
「え・・・でもじゃあ、結局瀬名くんはどうなったんですか・・・?誰も引き取れないんじゃ・・・」
「最終的には叔父の家に引き取られることになったらしい。今のあいつの家だ。ただ・・・その人はまあ、仕事熱心というか仕事一筋というか・・・とにかくそんな感じの人でな。帰ってくるのは夜中で、朝も早くから出ていくような生活をしてて・・・・、妻もいない、当然子供もいない」
じゃあ・・・瀬名くんは・・・ずっとひとりぼっち、ってことだろうか・・・。
嫌でもそのことが想像できてしまった。
あの広い家に・・・ひとりぼっち。
「確か・・・外資系に勤めてるって話だったから、海外への出張もよくある話だった。ただそのおかげか、金銭面で苦労することはなかったみたいだが」
お金があるから・・・か。
お金があって、他に子供もいなくて・・・、だから引き取り手に選ばれたのかもしれないけれど、そんな表面的な事情だけで子育てがうまく行くわけない。
あまりにも無責任だ。
「あいつはそれ以来、人が変わったようにいい子になった」
「それ以来・・・」
「そう。きっと、家に帰ってもひとりで、家族もいないあいつにとって、学校で必要とされないかったら、もう居場所がなかったんだろう・・・。もともと器用な奴だから、まじめに授業受ければ、学業も運動もそつなくこなせるようになったし、友達も増えた」
そのころの瀬名くんはきっと、必死に自分の居場所を作っていたんだろう。
誰にも必要とされない痛みを、苦しいほど味わってしまったから。
「けどまあ・・・教師も同級生も、突然手のひら返したように好意的になった反面、俺と涼我が属してた仲間うち・・・まあ、やんちゃ友達みたいなもんだな、そこでは逆に、涼我のことをよく思わないやつも出てきて」
「・・・どうして・・・」
「まあノリが悪くなったとか、その程度の理由だ。まだ当時は小学生や中学生の集まりだからな。そんでそいつらは逆に、手のひら返したように涼我のことをハブるようになって」
チカラさんは当時を思い返すかのように、眉間にしわをよせた。
「こんなこと言ってるが、俺だって例外じゃない。涼我の事情はそれとなく聞き及んでいたし、正直味方になりたい気持ちはあったが・・・俺は当時そいつらしか友達がいなかったもんだから、そこからはじき出されるのが怖かったんだ・・・」
チカラさんがそこで歩みを止めた。
その拳は、強く、強くにぎりしめられている。
「・・・俺は・・・弱くて・・・、あのとき・・・っ、涼我の味方になれるのは・・・俺だけ、だったのに・・・」
そう話すチカラさんは、悔しそうに顔をゆがめた。
チカラさんの目に、涙が浮かぶ。
私はそんなチカラさんに、何か言葉をかけたくて、口を開く。
「・・・でっ・・・でも、瀬名くんはそのとき・・・、他に友達ができてたんでしょう?同じクラスの子とか、先生だって好意的に接してくれてたって・・・」
「それだけじゃだめだ」
チカラさんは額の髪を払うふりをして涙をぬぐい、言葉を続ける。
「もともと親しかった人が、変わらず親しくしてくれる必要があったんだよ、あの時のあいつには。家族に先立たれ、親しかった親戚に裏切られ、・・・そのうえ親しかった友達まで失ったら、あいつにはもう何も残らない・・・」
「・・・・」
「あいつはそのことがあって以来、人を信用することを極端に嫌がる。人に深入りせず、うわべだけの笑顔で、うわべだけの関係を築くことばかりが得意になってしまった」
確かに、瀬名くんはいつも笑っている気がする。
みんなに優しいし、みんなに笑いかける。
まるで淡々とした作業のように。
「深入りはしないが、必要とはされたい。矛盾してるとは思うが、あいつはずっとそう願ってる・・・今も」
瀬名くんは、いつも飄々としていて。
何を考えているのかよくわからないし、何を望んでるのかよくわからない。
その胸の内には・・・そんな切実な願いが、隠されていたの?
「・・・俺はあいつの両親の事故から数か月たって、久しぶりに家のそばですれ違ったとき、やっと過ちに気づいたんだ・・・」
「・・・・」
「その時のあいつは友達といたけど、俺がかつて見てた素直な笑顔なんかなかった。ひと当たりのいい作り笑顔作って、そんで一人になったとたん抜け殻みたいに無感情になって・・・・、それ見た瞬間、事故の後そばにいてやれなかったこと、心の底から後悔したよ」
「・・・じゃあ、それで瀬名くんとはまた話すようになったんですか・・・?」
チカラさんは小さく首を振った。
「・・・俺は弱いからな、何度も今日こそはと思いつつ、結局涼我にはずっと話しかけられずにいて・・・、でも当時の俺はそんな自分の弱さがもどかしくてな。その頃から武術を極めようと思って部活に入ったんだ。そうするうちに部活内で友人ができて・・・徐々にそのやんちゃ仲間とつるまなくなって」
「・・・それで、瀬名くんと話すように?」
「そう、そこでやっとだ。もうその頃には事故から一年くらい経ってた。今更だけど許してほしい、もう一度友人に戻りたいって話したら、涼我はまあ・・・当然承諾はしてくれたよ。しばらくは他の同級生と同じく、うわべだけの笑顔しか向けてくれなかったけどな」
てっきり・・・チカラさんと瀬名くんは、ずっとずっと仲のいい幼馴染のような関係なのかと思っていた。
まさか、一度疎遠になった時期があるなんて。
「あいつが中学に上がってしばらくしたあたりから、徐々に気を許してもらえるようになって。家が隣なのが大きかったな、家ではあいつは一人だから・・・晩御飯とか休日の暇な日とか、俺の家で過ごすよう誘ってたら、自然と同級生より過ごす時間は長くなるし」
「・・・そうなんですね・・・」
「それでも一年ちょっとはかかったわけだし・・・その点九鬼さんはすごいと思う」
「え?」
突然自分に話を振られ、思わず、私ですか?と聞き返す。
「涼我と会って、まだ半年ちょっとだろう?涼我はそれなのに君には心を許しているようだから」
「そんな・・・こと・・・」
以前の自分なら、少しはその自信があった。
瀬名くんとは秘密のつながりがあって、少しずつだけど確かに私に向ける笑顔は柔らかくなって。
だけど正直・・・この話を聞くと、そんな自信なんてまやかしだったんじゃないかって思えてくる。
「・・・そんなこと、ないです・・・。瀬名くんの過去なんて、聞いたこともないですから・・・、瀬名くんにとって、私はまだその程度ってこと、です・・・」
「・・・まあ涼我にとってはつらい過去だからな。できれば話したくはないんだろう。こういうのは話すきっかけもそうそうないし」
「そうなんですけど・・・」
瀬名くんの過去のことなんて知らず、ただ私がいっしょにいたいから、とかそんな理由で告白したのが、今になってなんて浅はかだったのかと思えてくる。
「それに、本当に九鬼さんのことをなんとも思ってないなら、涼我は迷わず振るから。あいつは、他人に深入りしないよう、今までずっと彼女なんて作ってこなかったんだ。その点、九鬼さんへの告白の返事は保留にしただろう?」
「・・・はい」
「深入りしないっていう自分の中の決まりが揺らぐほど、あいつの中で九鬼さんの存在が特別だったってことだよ」
「・・・・」
そう言ってもらえるのはうれしい。
けれどやっぱり、告白は身勝手だったんじゃないかと思えてしまう。
人と深入りしない、そう決めることでどうにか心の平穏を保っていた瀬名くんに、余計な悩みを与えてしまうだけなんじゃないか、って。
黙り込む私に、チカラさんは言葉をかける。
「きっと涼我は九鬼さんにもう心を許している。だけど恋人って特別な名称がその関係につくのが怖いんだろう。君と深い仲になったことが実感できてしまうから。だけどそれは、いつか乗り越えていかなくちゃいけないことだと俺は思う」
「・・・はい」
「そして俺は、涼我がその一歩を踏み出せるとしたら、九鬼さんだけだと思う」
私は、どう返せばいいかわからず沈黙する。
私ならできる・・・なんて、そんな風にやすやすとは思えないから。
瀬名くんのこと、何も知らない私が・・・、瀬名くんの心を変えるなんて・・・。
「あいつが一歩踏み出せるまで、九鬼さんも急かさないでやってくれ」
「・・・・はい」
私はこくんと頷いた後、チカラさんに頭を下げた。
「・・・この辺で、大丈夫です。家、もうすぐそこなので。勉強の邪魔して、すみませんでした」
「気にするな。じゃあ、また」
チカラさんを手を振って見送る。
雲が出てきたのか・・・空の星は、見えなくなっていた。
駆け出すようだった私の心も、もう暗い空に重く沈み込むようだった。

