次の月曜日。


(人がいないときに誘うってなるとやっぱり吸血のときだよね)


 いつも通り誰もいない教室で瀬名くんを待つ。


(最近気づいたけど、私結構誰もいない朝の教室好きだなー・・・)


 静かで、厳かな感じ。
 しかも早朝だから、だれも来ないってわかりきってる。
 この、私だけの空間、って感じがすごく好ましい。

 私だけの空間で思いっきり伸びをした。


「んぅーーーーーー!!」

「でっかい伸びだねー」

「わっ!瀬名く・・・・!!」


 ・・・・感傷に浸って誰も来ない、なんてつぶやいていた数分前の私をぼっこぼこに殴り飛ばしたい。

 恥ずかしさを覚える私をよそに、瀬名くんは自分の席に座る。


「ねぇねぇ、今日さ、時間あったから先にコンビニ寄ったんだけど」

「あ、そうなの?」

「うん、そしたら新しくレモンのタルト発売されてたからあげるー」


 瀬名くんはコンビニの袋からレモンイエローのおしゃれなパッケージのタルトを出してきた。

 すごくおいしそうだし、私はレモン好きだけど・・・。


「えっ、なんで?別に今日何の日でもなくない・・・?」

「いつだったかの月曜日に話してたことあったじゃん、柑橘系が好きって」

「あ、覚えてたんだ」

「あったりまえじゃんかー、俺を誰だと思ってんのさ。そんでコンビニでこれ見かけたときにその話をふと思い出したから」


 誕生日とか、好きなものとかを一回聞いたら忘れないっていうのもモテる理由なんだろう。


「でも逆に瀬名くんほどの人がその程度の理由でおごってたら破産するよ?」

「あはは、だからまあ今日は特別ね」

「特別?」

「そ、理由はなんか俺も甘いもの食べたかったから、俺のお菓子のついでに買ってきたの。いっしょに食べよ?」

「え、食べたい!」


 絶対このタルトはおいしい。
 このタルトのクリームに細かいレモンの皮がちりばめてあるとこ、こういうひと手間があるとただ甘いだけじゃない奥深いレモンの味になる。絶対においしい。


「食べよ!」


 わくわくが高まっていっそもう臨戦態勢とすら思えるくらいの気構えで袋を開けようと手を伸ばす。


「ちょっとちょっと、その前に吸血は?」

「あ」

「肝心なとこ忘れないでよーもー」

「ご、ごめんごめん・・・・」


 慌ててタルトを机に置き、立ち上がる。


「俺の血よりレモンタルトのが楽しみなのー?」


 そんな冗談めかした発言を、上目づかいで言ってくる瀬名くん。


「瀬名くんが買ってきてくれたから楽しみなんだよ」

「わ、なんか俺のからかいをすり抜ける技術が上がってる気がするー」


 二人して目が合って、くすくす笑いあう。


「飲んでいい?」

「どうぞー」


 慣れた様子で瀬名くんは私に首筋を預けてくる。

 私ももう吸血に慣れてきた。

 まず瀬名くんの首筋に唇を寄せて、軽く噛むところを唇で湿らす。
 そして湿って柔らかくなったところに牙をゆっくり差し込む。ここでいつも瀬名くんは少し痛そうにする。
 このまま吸うと痛みが強いことがわかったので、牙を半分くらい抜いて、そこから流れる血を飲み込む。

 ごくっ、ごくっと音を立てて飲みこんで、手早く牙を抜いて傷跡を治す。


「・・・・・ん、終わった?」

「・・・・うん、ごちそうさまでした」


 瀬名くんから身を離す。


「じゃあ、食べようか。教室だと登校してくる人に見られるかなー?一応空き教室行く?」

「そうしようか。私がいつも使ってるところでいい?」

「いいよ」


 二人して教室を出る。

 そこでようやく、今日瀬名くんを遊びに誘う予定だったことに思い当たる。


「あ、そういえば・・・・あの、凜がさ」

「凜ちゃんがどうしたの?」

「夏休み中に私と凜と瀬名くんの三人で遊ぼうって言ってて・・・・」

「いいね、じゃあどこ行くか考えないと」


 うーん、と楽しそうに行き先を考えだす瀬名くん。


「なんかちょっと遠いけどテーマパークできるっぽいじゃん、あれとか・・・・あ、でも外だとあかりちゃんが厳しいか。夏だから結構日差しすごいし遠出するのもやめといた方がいいかなー・・・」

「ごめんね、私のせいで行けるとこ限られてて・・・」

「いやそんな気にしないでよ、カラオケとかボーリングとかカフェとか室内のが選択肢多いんだし。ていうか凜ちゃんには室外は無理とか遠出できないってのは伝えてある?あ、皮膚が弱いことになってるんだっけ」

「あ、凜は知ってるよ」

「え?」


 そういえば・・・・、凜がもともと学校内で私の秘密を唯一知ってた存在だってこと、伝えてなかったかも。


「実は凜、私の遠い親戚でさ、凜は吸血鬼の末裔じゃないんだけど、私の秘密は知ってるの」

「・・・!」


 瀬名くんはそこで歩みを止めた。
 私は気づかず歩を進める。


「・・・・俺だけが知ってると思ってたのに」


 何を言ったかは聞き取れなかったけど、その声で瀬名くんが歩みを止めていたことに気づき、振り返る。


「何か言った?」

「・・・・ううん」


 いつも笑ってる瀬名くんが、珍しく無表情だった。
 だけどすぐに瀬名くんはいつも通りの笑みを浮かべて私の隣に並んで歩きだす。


「なんでもない。ただちょっとびっくりしただけ。凜ちゃんも知ってるって思わなかったから」

「まあ凜とは昔から仲良かったから。幼い時についぽろっと」

「そっかー・・・・ね、ちなみに凜ちゃんに俺の血を飲んでることって言ってる?」


 なぜか改まったような雰囲気で聞いてきた瀬名くん。


「それは一応言ってないよ。凜は秘密を知ってるしいいかなとも思ったんだけど、ルールは厳守したいから。まあ瀬名くんがいいって言うなら凜にも話そうかなって思って―――――」

「だめ」


 妙に強い口調で否定されたので、驚いて瀬名くんの顔を見上げる。

 なんか、少し・・・いつもと様子が違う・・・?

 けどまた瀬名くんはすぐいつもの様子に戻って、話を続ける。


「・・・・俺はいいけど、二人の秘密ってルールだから。凜ちゃんはふくまないんじゃない?」


 凜は吸血のことを言いふらすような子じゃないことはわかりきってる。
 だから言っても問題はないかもしれない。

 でも、周りに吸血のことが知られたからと言って自分に不都合はないはずの瀬名くんがこういうってことは、きっと私のためを思って言ってくれているのだろう。


「・・・・うん、そう、だよね・・・・、ごめん」

「謝んないでよ。凜ちゃんに吸血のこと隠すためにも、俺はあかりちゃんが吸血鬼の末裔って知らないことにするから。今まで凜ちゃん以外には秘密にしてたのに俺にだけこの秘密話してたら変に思われるだろうから」

「わかった。じゃあそのつもりでいる。吸血は、二人だけの秘密、だもんね?」

「そう」


 私は瀬名くんに促されて、ぎゅっとかたく指切りをした。