【瀬名くんside】
「・・・・初めて会った時のこと、覚えてる?」
隣を歩く音央ちゃんは、イルミネーションに照らされてキラキラしていて。
俺は小さくうなずいた。
「覚えてるよ。ちょうど三年前のこの時期、ここであったよね」
「うん」
音央ちゃんは、俺が出会いの瞬間を覚えていたことに対し、心から嬉しいって感じで顔をほころばせた。
「・・・あのときの私はさ、正直誰のことも信用してなかった。ほら、私の親ってクソだし。友達もいたにはいたけど、うわべの付き合いっていうかさ」
「覚えてるよ」
「けどそんなとき、ここで涼我が話しかけてくれた」
中学校が終わって、帰り道にここを通ると、いつもここで遭遇した。
たまたま帰る時間が近かっただけだが、別々の中学校に通っていた二人が、そこから会うたび話すようになった。
「涼我は誰にでも優しいから、きっと生きるのに絶望してた私を、ほおっておけなかっただけかもしんない。けど・・・」
音央ちゃんが、まっすぐに俺を見つめる。
「あのときの私、涼我に救われたの」
「・・・・うん」
「学校と、家と・・・閉塞的で、抜け出せない空間で、そんな中の人間関係で苦しんでた私にとって、家族でもなければ同じ学校の生徒でもない涼我との関わりは、唯一の逃げ場だったの」
音央ちゃんが、イルミネーションを見上げる。
「この高校選んだのも、涼我が来るって聞いたから。私、それまでは行く高校ないって担任に言われるくらいバカだったけど、そっからは勉強死ぬ気で頑張った」
「え、そうだったの?」
それは初耳だ。
あの時話しかけてくれてありがとう、涼我のおかげで救われた、という話は以前から少し聞いていたが、まさか高校もそれで選んでいたとは。
「涼我に、人生懸けてもいいって言えるくらい、涼我のこと好きだから」
音央ちゃんがそういって笑った。
その声は震えていたし、拳は固く握りしめられていた。
軽い口調で放った言葉だけど、軽い気持ちで放ったものじゃないことくらい、すぐにわかった。
「涼我、付き合ってほしい」
「・・・・」
音央ちゃんから好意を寄せられていることは、薄々気づいていた。
だけど俺にとって、音央ちゃんは友達でしかないから・・・だから一定以上は深入りしなかった。
なのに・・・・。
(・・・・一時の気の迷いで、デートを受けちゃったことが、俺の間違い、か・・・・)
俺は女の子には優しく接するし、大切に扱う。
そんなだから、好意を寄せられることも、告白されることもよくあることだ。
でも俺は誰とも付き合う気がないから。
だから誰にも、余計な気を持たせたくはない。
普段は誰も特別扱いなんかしないし、デートなんてOKしない。
それなのに今回OKしたのは・・・気の迷い、だ。
(いや・・・・)
違う、気の迷い、なんてあいまいな言い方をするな。
いうなれば、あてつけ、だ。
「・・・・ごめん」
「!」
「今回、デート受けたの・・・ほんと、俺の子供じみた意地・・・みたいなもので。音央ちゃんの気持ち、全然考えてなかった。ほんとごめん」
俺は頭を下げた。
音央ちゃんがふっと笑った声で、俺は思わず頭を上げた。
音央ちゃんは、少しだけ泣きそうな顔をしていた。
「知ってる。あかりへのあてつけでしょ?」
「!」
子供じみた意地、としか言ってなかったのに・・・。
「だってそれをわかったうえで頼んだんだもん」
「え・・・?」
「・・・涼我の中で、あかりは特別だから・・・・二人が喧嘩してた時、このタイミングしかないって、そう、思っちゃったの・・・・」
俺は動揺して、一瞬身をこわばらせた。
俺があかりちゃんに好意を寄せていること・・・凜ちゃんにしか言ってはず。
もしかして凜ちゃんから漏れた・・・?と勘繰る俺に、音央ちゃんは言葉をかける。
「あ、安心してよ。このことは誰かから聞いたわけじゃないし、誰にも話してないし。女の勘ってやつ?」
「・・・恐ろしいもんだね、女の勘ってのは」
思わず苦笑する俺。
「ずっと好きだったから、涼我のこと。みんなに平等で、みんなに優しいってこと、痛いほど知ってるから。・・・・だから、涼我のあかりに対するまなざしが他の人に対するのとは全然違うなんてこと、すぐにわかる」
「・・・・そんなに違う?」
「うん、全っ然違う」
音央ちゃんはそう言って大きく首を振って、大げさに笑って見せた。
「だからさ、別に気にしなくていいの。涼我があかりへのあてつけでデート了承してくれたことなんか百も承知だし」
「・・・・」
音央ちゃんからデートの誘いを受けたのは、ちょうどあかりちゃんと喧嘩した次の日のことだ。
あかりちゃんときょーちゃんが親しげなのが気に入らなくて、本当に子供じみた苛立ちで、あてつけのように音央ちゃんの誘いを受け入れてしまった。
たとえ音央ちゃんがそれでもよいと言ってくれたとしても、最低な行いに違いはない。
「・・・・ほんと、ごめん」
「いいってば。それよりさ、告白の答えは?」
「・・・・えっと」
「もー、涼我の言いたいことはわかってるよ。このデートはあかりへのあてつけで、私に気があるわけじゃないよってことでしょ?」
「・・・・」
「だから何?告白の答え、まだ聞いてない」
音央ちゃんは涙をこらえるためか、少しきついまなざしでこちらを見た。
「こっちとら、三年も涼我に片思いしてんの!振るならハッキリ振りなさいっ!そうしてくれればこっちだって、明日からきっぱり忘れて次の男探せるでしょっ!!」
まさか告白中にお説教が始まるとは。
俺はあっけにとられて、言葉が出ない。
「だいたいっ!この際だから言わせてもらうけど!!あんたのその優柔不断な態度腹立つんだけどっ!そのイケメン顔でその優しさだったら惚れないってのが無理な話でしょっ!気を持たせたくないっていうなら最初からもうそのみんなに優しいキャラやめな!気を持たせたくないなんてこと、顔はいいけど残念なキャラを確立してから言え!」
「・・・・は、はい」
俺はあっけにとられつつ頷く。
「みんな言ってるよ!告白の断り方まで優しいって!でも私そういうの大っ嫌いだから!!やんわりと断られたくらいで諦められるほど、軽い気持ちで好きなんて言ってないわ!他の女がどうだったか知んないけど、やんわり断られたくらいならまだ私あんたのことあきらめないからね!」
「!」
音央ちゃんは言いたいことを言い切ったのか、肩で息をする。
「・・・わかった」
俺は音央ちゃんをまっすぐに見据える。
迷いはない。
優しい断り方なんてしない。
「俺は音央ちゃ・・・・ううん、島崎さんのこと、ただの友達としか思えない。どれだけ長く想ってもらっても、どれだけまっすぐ想ってもらっても、変わらないと思う。・・・いや変わらない。だから付き合えない」
俺はまっすぐに音央ちゃんを見た。
いつもはやんわりと断って、ごめんねって謝って、頭を下げるんだけど・・・もうそんなことはしなかった。
俺は俺の本心を、ただ伝えた。
「・・・それでいいの」
音央ちゃんは切なげに笑った。
強がっているけど、その瞳から涙があふれる。
「ありがと、私がきっぱり振ってほしいって言ったから、そうしてくれて。私、涼我のそういうとこ、好――――――」
そこまで言って音央ちゃんは言葉を止め、一瞬考えて言い直す。
「涼我のそういうとこ!嫌いじゃない!友達として!!」
「うん、音央ちゃんのそういうとこも、嫌いじゃない、友達として」
「どういうとこよ・・・・」
音央ちゃんは涙をぬぐうことなく、からっとした笑顔を俺に向けた。
「じゃ、私帰る。明日からは、友達同士。変に距離とったりする気ないから」
「・・・うん、ありがとう」
音央ちゃんは後ろ手で俺に手を振った。
そのまま立ち去るかと思ったけど、途中でぴたりと歩みを止めた。
冷たい風が吹き抜けて、はらりと音央ちゃんの髪を揺らした。
「・・・私、この世界で誰も信用できなかった頃、涼我のことだけなら信用できるかもって思ってた」
「うん」
「・・・だから・・・私じゃそうはなれなかったけど、涼我にとってもそういう存在ができてほしいって思う。それがきっと、涼我の幸せになるから」
友達としてだからね、と音央ちゃんは念押した。
「・・・・あかりなら、涼我にとってそういう存在に・・・なれると、思うの」
「・・・・」
「だから・・・・ちゃんとあかりとの関係、考えてね。そんで、涼我、幸せになってね」
俺は・・・頷かなかった。
ただじっと、音央ちゃんの背中を見つめていた。
音央ちゃんはそれだけ言い残して、颯爽と立ち去って行った。
「・・・・初めて会った時のこと、覚えてる?」
隣を歩く音央ちゃんは、イルミネーションに照らされてキラキラしていて。
俺は小さくうなずいた。
「覚えてるよ。ちょうど三年前のこの時期、ここであったよね」
「うん」
音央ちゃんは、俺が出会いの瞬間を覚えていたことに対し、心から嬉しいって感じで顔をほころばせた。
「・・・あのときの私はさ、正直誰のことも信用してなかった。ほら、私の親ってクソだし。友達もいたにはいたけど、うわべの付き合いっていうかさ」
「覚えてるよ」
「けどそんなとき、ここで涼我が話しかけてくれた」
中学校が終わって、帰り道にここを通ると、いつもここで遭遇した。
たまたま帰る時間が近かっただけだが、別々の中学校に通っていた二人が、そこから会うたび話すようになった。
「涼我は誰にでも優しいから、きっと生きるのに絶望してた私を、ほおっておけなかっただけかもしんない。けど・・・」
音央ちゃんが、まっすぐに俺を見つめる。
「あのときの私、涼我に救われたの」
「・・・・うん」
「学校と、家と・・・閉塞的で、抜け出せない空間で、そんな中の人間関係で苦しんでた私にとって、家族でもなければ同じ学校の生徒でもない涼我との関わりは、唯一の逃げ場だったの」
音央ちゃんが、イルミネーションを見上げる。
「この高校選んだのも、涼我が来るって聞いたから。私、それまでは行く高校ないって担任に言われるくらいバカだったけど、そっからは勉強死ぬ気で頑張った」
「え、そうだったの?」
それは初耳だ。
あの時話しかけてくれてありがとう、涼我のおかげで救われた、という話は以前から少し聞いていたが、まさか高校もそれで選んでいたとは。
「涼我に、人生懸けてもいいって言えるくらい、涼我のこと好きだから」
音央ちゃんがそういって笑った。
その声は震えていたし、拳は固く握りしめられていた。
軽い口調で放った言葉だけど、軽い気持ちで放ったものじゃないことくらい、すぐにわかった。
「涼我、付き合ってほしい」
「・・・・」
音央ちゃんから好意を寄せられていることは、薄々気づいていた。
だけど俺にとって、音央ちゃんは友達でしかないから・・・だから一定以上は深入りしなかった。
なのに・・・・。
(・・・・一時の気の迷いで、デートを受けちゃったことが、俺の間違い、か・・・・)
俺は女の子には優しく接するし、大切に扱う。
そんなだから、好意を寄せられることも、告白されることもよくあることだ。
でも俺は誰とも付き合う気がないから。
だから誰にも、余計な気を持たせたくはない。
普段は誰も特別扱いなんかしないし、デートなんてOKしない。
それなのに今回OKしたのは・・・気の迷い、だ。
(いや・・・・)
違う、気の迷い、なんてあいまいな言い方をするな。
いうなれば、あてつけ、だ。
「・・・・ごめん」
「!」
「今回、デート受けたの・・・ほんと、俺の子供じみた意地・・・みたいなもので。音央ちゃんの気持ち、全然考えてなかった。ほんとごめん」
俺は頭を下げた。
音央ちゃんがふっと笑った声で、俺は思わず頭を上げた。
音央ちゃんは、少しだけ泣きそうな顔をしていた。
「知ってる。あかりへのあてつけでしょ?」
「!」
子供じみた意地、としか言ってなかったのに・・・。
「だってそれをわかったうえで頼んだんだもん」
「え・・・?」
「・・・涼我の中で、あかりは特別だから・・・・二人が喧嘩してた時、このタイミングしかないって、そう、思っちゃったの・・・・」
俺は動揺して、一瞬身をこわばらせた。
俺があかりちゃんに好意を寄せていること・・・凜ちゃんにしか言ってはず。
もしかして凜ちゃんから漏れた・・・?と勘繰る俺に、音央ちゃんは言葉をかける。
「あ、安心してよ。このことは誰かから聞いたわけじゃないし、誰にも話してないし。女の勘ってやつ?」
「・・・恐ろしいもんだね、女の勘ってのは」
思わず苦笑する俺。
「ずっと好きだったから、涼我のこと。みんなに平等で、みんなに優しいってこと、痛いほど知ってるから。・・・・だから、涼我のあかりに対するまなざしが他の人に対するのとは全然違うなんてこと、すぐにわかる」
「・・・・そんなに違う?」
「うん、全っ然違う」
音央ちゃんはそう言って大きく首を振って、大げさに笑って見せた。
「だからさ、別に気にしなくていいの。涼我があかりへのあてつけでデート了承してくれたことなんか百も承知だし」
「・・・・」
音央ちゃんからデートの誘いを受けたのは、ちょうどあかりちゃんと喧嘩した次の日のことだ。
あかりちゃんときょーちゃんが親しげなのが気に入らなくて、本当に子供じみた苛立ちで、あてつけのように音央ちゃんの誘いを受け入れてしまった。
たとえ音央ちゃんがそれでもよいと言ってくれたとしても、最低な行いに違いはない。
「・・・・ほんと、ごめん」
「いいってば。それよりさ、告白の答えは?」
「・・・・えっと」
「もー、涼我の言いたいことはわかってるよ。このデートはあかりへのあてつけで、私に気があるわけじゃないよってことでしょ?」
「・・・・」
「だから何?告白の答え、まだ聞いてない」
音央ちゃんは涙をこらえるためか、少しきついまなざしでこちらを見た。
「こっちとら、三年も涼我に片思いしてんの!振るならハッキリ振りなさいっ!そうしてくれればこっちだって、明日からきっぱり忘れて次の男探せるでしょっ!!」
まさか告白中にお説教が始まるとは。
俺はあっけにとられて、言葉が出ない。
「だいたいっ!この際だから言わせてもらうけど!!あんたのその優柔不断な態度腹立つんだけどっ!そのイケメン顔でその優しさだったら惚れないってのが無理な話でしょっ!気を持たせたくないっていうなら最初からもうそのみんなに優しいキャラやめな!気を持たせたくないなんてこと、顔はいいけど残念なキャラを確立してから言え!」
「・・・・は、はい」
俺はあっけにとられつつ頷く。
「みんな言ってるよ!告白の断り方まで優しいって!でも私そういうの大っ嫌いだから!!やんわりと断られたくらいで諦められるほど、軽い気持ちで好きなんて言ってないわ!他の女がどうだったか知んないけど、やんわり断られたくらいならまだ私あんたのことあきらめないからね!」
「!」
音央ちゃんは言いたいことを言い切ったのか、肩で息をする。
「・・・わかった」
俺は音央ちゃんをまっすぐに見据える。
迷いはない。
優しい断り方なんてしない。
「俺は音央ちゃ・・・・ううん、島崎さんのこと、ただの友達としか思えない。どれだけ長く想ってもらっても、どれだけまっすぐ想ってもらっても、変わらないと思う。・・・いや変わらない。だから付き合えない」
俺はまっすぐに音央ちゃんを見た。
いつもはやんわりと断って、ごめんねって謝って、頭を下げるんだけど・・・もうそんなことはしなかった。
俺は俺の本心を、ただ伝えた。
「・・・それでいいの」
音央ちゃんは切なげに笑った。
強がっているけど、その瞳から涙があふれる。
「ありがと、私がきっぱり振ってほしいって言ったから、そうしてくれて。私、涼我のそういうとこ、好――――――」
そこまで言って音央ちゃんは言葉を止め、一瞬考えて言い直す。
「涼我のそういうとこ!嫌いじゃない!友達として!!」
「うん、音央ちゃんのそういうとこも、嫌いじゃない、友達として」
「どういうとこよ・・・・」
音央ちゃんは涙をぬぐうことなく、からっとした笑顔を俺に向けた。
「じゃ、私帰る。明日からは、友達同士。変に距離とったりする気ないから」
「・・・うん、ありがとう」
音央ちゃんは後ろ手で俺に手を振った。
そのまま立ち去るかと思ったけど、途中でぴたりと歩みを止めた。
冷たい風が吹き抜けて、はらりと音央ちゃんの髪を揺らした。
「・・・私、この世界で誰も信用できなかった頃、涼我のことだけなら信用できるかもって思ってた」
「うん」
「・・・だから・・・私じゃそうはなれなかったけど、涼我にとってもそういう存在ができてほしいって思う。それがきっと、涼我の幸せになるから」
友達としてだからね、と音央ちゃんは念押した。
「・・・・あかりなら、涼我にとってそういう存在に・・・なれると、思うの」
「・・・・」
「だから・・・・ちゃんとあかりとの関係、考えてね。そんで、涼我、幸せになってね」
俺は・・・頷かなかった。
ただじっと、音央ちゃんの背中を見つめていた。
音央ちゃんはそれだけ言い残して、颯爽と立ち去って行った。

