【瀬名くんside】
絶対アレは吸血のこと、だよな。
昨日見た光景が脳裏をよぎり、ため息をつく。
昨日、きょーちゃんがあかりちゃんを呼び出しているのがあまりにも気にかかり、俺はそっと様子をうかがってしまった。
入り口近くの席の子と話すふりをしながら、教室の外の二人に意識は行っていた。
(あかりちゃんがきょーちゃんの血を飲む・・・)
頭の中で、吸血しているときのあかりちゃんの姿がよぎる。
恍惚として、本能のままに俺を喰らうあかりちゃんの姿が。
そしてその向かいにいるのは、俺じゃなくて・・・きょーちゃんだ。
(・・・っくそ)
思わずいら立って手に持っていた黒板けしを、強めに黒板に押し付けてしまった。
「おい瀬名っチョークの粉舞うだろー?やめろってのー」
「あ、ごめん・・・」
「これだからモテる男は・・・」
「それ関係ねーだろ・・・」
俺は同じ日直のクラスメイトと話しながら黒板を消していく。
日直は、授業終わりに黒板消しと宿題の回収をしなければならないのである。
「てか考え事してないで早く手動かせ!俺今日購買行く予定なんだからなっ、売切れたらどうすんだよっ」
「いや知らんし・・・」
「・・・瀬名ってほんと女子にだけはやさしいよな・・・」
たぶん、俺がやっておくから購買行ってきていいよ、とでも言ってほしかったのかもしれない。
こいつが女子だったらそうしていたかもしれないけど。
男女みんなに優しい、なんてのは俺のキャラじゃない。
「ほらもー!!どんどん人集まってるし!!」
回収したノート片手に窓の外をのぞき、そう嘆く彼。
「そうかそうか、どんまい」
「どんまいじゃねーっ」
俺もつられて窓の外を見る。
確かに購買に列ができていた。
ただテスト期間だからか並ぶ時間を惜しんで諦めて帰っていく人もちらほら見て取れた。
この感じなら食いっぱぐれることはなさそうだ。
人気なパンは残ってないかもしれないが。
(まあ残り物には福が・・・・あ)
窓の外を見ていて、ふと気が付く。
(あかりちゃんだ)
喧嘩して以来、全く話していない。
けど、だからこそ、気になって仕方がない。
遠くにいても、声も、姿も、すぐに気づく。
(・・・・きょーちゃんといっしょにいる・・・)
あかりちゃんはきょーちゃんと話しながら歩いていた。
俺の胸が、ちくりと痛んだ。
(・・・あー・・・こういうとき自覚すんだよねー・・・俺があかりちゃんのこと好きって)
ほんと、なんでみんなそんなに楽しげに恋を語れるのかわからない。
痛いし苦しいし切ないし。
できることなら経験なんてしたくなかった。
二人は話しながら、体育館の前の更衣室やらトイレやらがある建物に入っていった。
この時間なら、だれもいないだろう。
(・・・・吸血、すんのかな)
俺の頭の中にそんな考えがよぎって、いらだってまた黒板けしを強くおしつけた。
「おいだからぁ!」
「・・・・」
できることなら、今すぐ二人の間に割って入って、やめさせたい。
(まあ・・・俺には何も言う権利なんかないわけだけど)
あの日、あかりちゃんと口喧嘩をして。
かっとなった拍子に、「きょーちゃんの血でも何でも飲めばいい」みたいなことを口走ってしまった。
俺はバカか。
現実逃避するように教室に視線を戻したとき、ちょうど凜ちゃんが視界に入る。
凜ちゃんは普段あかりちゃんとお昼を食べているけれど、今日は同じ女バレの子と食べるようだった。
「・・・ちょっとやってて。すぐ戻るから」
「はぁ?おい瀬名!」
制止も聞かず俺は黒板けしを置くと、凜ちゃんのもとに駆け寄った。
「ね、今日凜ちゃんと美香ちゃんいっしょにお昼食べるん?」
「そうだよー」
凜ちゃんと同じ女子バレー部の美香ちゃんが、俺に答えてくれた。
いつもは明るく返答してくれる凜ちゃんが、驚いたように固まっていた。
美香ちゃんは、固まる凜ちゃんには気づかず、言葉を続ける。
「どしたの?急に?」
「いや・・・ちょっと気になっただけ」
「?」
不思議そうに首をかしげる美香ちゃんとは裏腹に、今度は凜ちゃんが口をひらいた。
「・・・あかりなら、チカラさんに呼ばれて出て行ったけど」
「・・・・」
たぶん凜ちゃんにはお見通しだろう。
俺が、あかりちゃんを気にしてこんな質問をしてきたってこと。
「・・・だから何」
けどそんな凜ちゃんの言葉になんて返せばいいかわからず、俺はつっけんどんにそう言ってしまった。
「・・・ちょっと来て」
凜ちゃんはそんな俺の態度にも物おじせず、俺を連れて廊下に出た。
そして廊下の端まで引っ張っていく。
「・・・あかりのこと、気にしてるんでしょ」
「・・・違うけど」
「嘘。じゃなかったらあんなこと聞かないもん。あかりだってそうだよ・・・二人して、気にするだけ気にしてなんもしないでさ・・・この・・・、このっ意気地なしたちめっ」
凜ちゃんがそう言って俺をにらんだ。
意気地なし・・・・確かに今の俺を形容するのに、これ以上ないほど当てはまる言葉だった。
「・・・だけどしょうがないじゃん。あの日俺はあかりちゃんを傷つけた。突き放した。そんな俺にもうあかりちゃんと関わる権利なんてないでしょ・・・」
「権利とかどうでもいい。瀬名くんとあかりがどうしたか、一番大事なのはそこじゃん」
俺がどうしたいか?
そんなの決まっている。
あかりちゃんと今まで通りの関係に戻りたい。
だけど・・・それをあかりちゃんが望んでいるとは思えない。
黙り込んだ俺に、凜ちゃんが言いつのる。
「瀬名くんはあかりのこと好きなんでしょ!?相手の気持ち推し量ってたってしょうがないじゃん!言わなきゃなんもわかんないっ」
「・・・・!」
言わなきゃ・・・何も・・・。
その言葉は、あかりちゃんと口げんかした時、あかりちゃんにも言われたことだった。
(でも言うって・・・何を?)
仲直りしたいって?
好きって?
あかりちゃんの笑う顔が、話す声が、歩く足音が、きらめく瞳が、流れる髪が、話す言葉が、優しい態度が、絶えない気づかいが・・・好きって。
あんな自分勝手にあかりちゃんのことを傷つけたのに。
また自分勝手に気持ちを押し付けるなんて・・・。
できない。
やっぱり恋って苦しいだけだ。
切ないだけだ。
今だってほら・・・こんなに息苦しい。
もう、やめてしまいたい。
「・・・・」
俺の表情を見た凜ちゃんが、一瞬言葉に詰まる。
「・・・瀬名くん、言わなきゃ何も変わんないよ・・・」
「・・・別にいい・・・俺はもうあかりちゃんには関わらないから」
俺は凜ちゃんから目をそらした。
「凜ちゃんだってそれでいいでしょ?だって凜ちゃんは海くんのお姉ちゃんだもんね」
俺は気持ちを隠すように、笑って見せた。
うまく笑えている気はしないけど。
「・・・そう、だけど・・・、そうなんだけど・・・」
「・・・・」
「でも私、海のお姉ちゃんだけど、瀬名くんの友達でもあるから・・・だから」
凜ちゃんが俺の顔を見て、泣きそうな表情をした。
「そんな顔してんの・・・ほっておけない」
あーあ。
やっぱ、うまく笑えてなかったか。
「だから・・・っ!もし瀬名くんが自分の気持ち言わないならあたしが代わりに言っちゃうから・・・っ!瀬名くんがあかりと仲直りしたいって思ってるとか!瀬名くんがあかりのこと好きとか!瀬名くんがあかりと付き合いたがってるとか!」
「・・・最後のは言ってないし」
「あることないこと言われたくないなら自分で言いに行けっ!」
凜ちゃんはどんっと俺の肩をたたいた。
「あかりが自分勝手なんていう理由で瀬名くんのこと嫌うわけない・・・っ!それならあたしはとっくの昔にあかりに嫌われてる!そんなんより、自分の気持ち隠して、自分の勝手を一切押し付けてこないほうがあかりは嫌がるの!!」
「・・・!」
「だからっどうせ嫌われてるかもならイチかバチかで好きなだけわがまま言ってこいっての!!」
好きなだけ・・・わがまま?
凜ちゃんの言葉で、沈み込んでいた俺の心が、一瞬浮き上がった気がした。
「・・・いい、の?俺なんかの後押ししちゃって・・・」
「うーんっ!わかんないけどまあよし!優しいだけのお姉ちゃんじゃないのはいつものことだしねっ!それに瀬名くんの恋敵ってことは海の恋敵ってことでもあるでしょ?そうみすみすチカラさんにあかりを譲り渡されちゃ黙ってらんないって!」
きょーちゃんは異様に面倒見がいいだけで別にあかりちゃんのことを好きなわけではないだろうから、恋敵っていうとちょっと違うかもだけど。
まあ恋の敵ではあるか。
「だからまあ問題ないってことにしとく!その代わりちゃんとあかりのこと取り返してきてよねっ」
「・・・ん、約束する」
俺は凜ちゃんに一瞬だけ感謝を伝えるために笑いかけて、あとはもう振り返らずに走った。
まっすぐ・・・あかりちゃんのもとに。
絶対アレは吸血のこと、だよな。
昨日見た光景が脳裏をよぎり、ため息をつく。
昨日、きょーちゃんがあかりちゃんを呼び出しているのがあまりにも気にかかり、俺はそっと様子をうかがってしまった。
入り口近くの席の子と話すふりをしながら、教室の外の二人に意識は行っていた。
(あかりちゃんがきょーちゃんの血を飲む・・・)
頭の中で、吸血しているときのあかりちゃんの姿がよぎる。
恍惚として、本能のままに俺を喰らうあかりちゃんの姿が。
そしてその向かいにいるのは、俺じゃなくて・・・きょーちゃんだ。
(・・・っくそ)
思わずいら立って手に持っていた黒板けしを、強めに黒板に押し付けてしまった。
「おい瀬名っチョークの粉舞うだろー?やめろってのー」
「あ、ごめん・・・」
「これだからモテる男は・・・」
「それ関係ねーだろ・・・」
俺は同じ日直のクラスメイトと話しながら黒板を消していく。
日直は、授業終わりに黒板消しと宿題の回収をしなければならないのである。
「てか考え事してないで早く手動かせ!俺今日購買行く予定なんだからなっ、売切れたらどうすんだよっ」
「いや知らんし・・・」
「・・・瀬名ってほんと女子にだけはやさしいよな・・・」
たぶん、俺がやっておくから購買行ってきていいよ、とでも言ってほしかったのかもしれない。
こいつが女子だったらそうしていたかもしれないけど。
男女みんなに優しい、なんてのは俺のキャラじゃない。
「ほらもー!!どんどん人集まってるし!!」
回収したノート片手に窓の外をのぞき、そう嘆く彼。
「そうかそうか、どんまい」
「どんまいじゃねーっ」
俺もつられて窓の外を見る。
確かに購買に列ができていた。
ただテスト期間だからか並ぶ時間を惜しんで諦めて帰っていく人もちらほら見て取れた。
この感じなら食いっぱぐれることはなさそうだ。
人気なパンは残ってないかもしれないが。
(まあ残り物には福が・・・・あ)
窓の外を見ていて、ふと気が付く。
(あかりちゃんだ)
喧嘩して以来、全く話していない。
けど、だからこそ、気になって仕方がない。
遠くにいても、声も、姿も、すぐに気づく。
(・・・・きょーちゃんといっしょにいる・・・)
あかりちゃんはきょーちゃんと話しながら歩いていた。
俺の胸が、ちくりと痛んだ。
(・・・あー・・・こういうとき自覚すんだよねー・・・俺があかりちゃんのこと好きって)
ほんと、なんでみんなそんなに楽しげに恋を語れるのかわからない。
痛いし苦しいし切ないし。
できることなら経験なんてしたくなかった。
二人は話しながら、体育館の前の更衣室やらトイレやらがある建物に入っていった。
この時間なら、だれもいないだろう。
(・・・・吸血、すんのかな)
俺の頭の中にそんな考えがよぎって、いらだってまた黒板けしを強くおしつけた。
「おいだからぁ!」
「・・・・」
できることなら、今すぐ二人の間に割って入って、やめさせたい。
(まあ・・・俺には何も言う権利なんかないわけだけど)
あの日、あかりちゃんと口喧嘩をして。
かっとなった拍子に、「きょーちゃんの血でも何でも飲めばいい」みたいなことを口走ってしまった。
俺はバカか。
現実逃避するように教室に視線を戻したとき、ちょうど凜ちゃんが視界に入る。
凜ちゃんは普段あかりちゃんとお昼を食べているけれど、今日は同じ女バレの子と食べるようだった。
「・・・ちょっとやってて。すぐ戻るから」
「はぁ?おい瀬名!」
制止も聞かず俺は黒板けしを置くと、凜ちゃんのもとに駆け寄った。
「ね、今日凜ちゃんと美香ちゃんいっしょにお昼食べるん?」
「そうだよー」
凜ちゃんと同じ女子バレー部の美香ちゃんが、俺に答えてくれた。
いつもは明るく返答してくれる凜ちゃんが、驚いたように固まっていた。
美香ちゃんは、固まる凜ちゃんには気づかず、言葉を続ける。
「どしたの?急に?」
「いや・・・ちょっと気になっただけ」
「?」
不思議そうに首をかしげる美香ちゃんとは裏腹に、今度は凜ちゃんが口をひらいた。
「・・・あかりなら、チカラさんに呼ばれて出て行ったけど」
「・・・・」
たぶん凜ちゃんにはお見通しだろう。
俺が、あかりちゃんを気にしてこんな質問をしてきたってこと。
「・・・だから何」
けどそんな凜ちゃんの言葉になんて返せばいいかわからず、俺はつっけんどんにそう言ってしまった。
「・・・ちょっと来て」
凜ちゃんはそんな俺の態度にも物おじせず、俺を連れて廊下に出た。
そして廊下の端まで引っ張っていく。
「・・・あかりのこと、気にしてるんでしょ」
「・・・違うけど」
「嘘。じゃなかったらあんなこと聞かないもん。あかりだってそうだよ・・・二人して、気にするだけ気にしてなんもしないでさ・・・この・・・、このっ意気地なしたちめっ」
凜ちゃんがそう言って俺をにらんだ。
意気地なし・・・・確かに今の俺を形容するのに、これ以上ないほど当てはまる言葉だった。
「・・・だけどしょうがないじゃん。あの日俺はあかりちゃんを傷つけた。突き放した。そんな俺にもうあかりちゃんと関わる権利なんてないでしょ・・・」
「権利とかどうでもいい。瀬名くんとあかりがどうしたか、一番大事なのはそこじゃん」
俺がどうしたいか?
そんなの決まっている。
あかりちゃんと今まで通りの関係に戻りたい。
だけど・・・それをあかりちゃんが望んでいるとは思えない。
黙り込んだ俺に、凜ちゃんが言いつのる。
「瀬名くんはあかりのこと好きなんでしょ!?相手の気持ち推し量ってたってしょうがないじゃん!言わなきゃなんもわかんないっ」
「・・・・!」
言わなきゃ・・・何も・・・。
その言葉は、あかりちゃんと口げんかした時、あかりちゃんにも言われたことだった。
(でも言うって・・・何を?)
仲直りしたいって?
好きって?
あかりちゃんの笑う顔が、話す声が、歩く足音が、きらめく瞳が、流れる髪が、話す言葉が、優しい態度が、絶えない気づかいが・・・好きって。
あんな自分勝手にあかりちゃんのことを傷つけたのに。
また自分勝手に気持ちを押し付けるなんて・・・。
できない。
やっぱり恋って苦しいだけだ。
切ないだけだ。
今だってほら・・・こんなに息苦しい。
もう、やめてしまいたい。
「・・・・」
俺の表情を見た凜ちゃんが、一瞬言葉に詰まる。
「・・・瀬名くん、言わなきゃ何も変わんないよ・・・」
「・・・別にいい・・・俺はもうあかりちゃんには関わらないから」
俺は凜ちゃんから目をそらした。
「凜ちゃんだってそれでいいでしょ?だって凜ちゃんは海くんのお姉ちゃんだもんね」
俺は気持ちを隠すように、笑って見せた。
うまく笑えている気はしないけど。
「・・・そう、だけど・・・、そうなんだけど・・・」
「・・・・」
「でも私、海のお姉ちゃんだけど、瀬名くんの友達でもあるから・・・だから」
凜ちゃんが俺の顔を見て、泣きそうな表情をした。
「そんな顔してんの・・・ほっておけない」
あーあ。
やっぱ、うまく笑えてなかったか。
「だから・・・っ!もし瀬名くんが自分の気持ち言わないならあたしが代わりに言っちゃうから・・・っ!瀬名くんがあかりと仲直りしたいって思ってるとか!瀬名くんがあかりのこと好きとか!瀬名くんがあかりと付き合いたがってるとか!」
「・・・最後のは言ってないし」
「あることないこと言われたくないなら自分で言いに行けっ!」
凜ちゃんはどんっと俺の肩をたたいた。
「あかりが自分勝手なんていう理由で瀬名くんのこと嫌うわけない・・・っ!それならあたしはとっくの昔にあかりに嫌われてる!そんなんより、自分の気持ち隠して、自分の勝手を一切押し付けてこないほうがあかりは嫌がるの!!」
「・・・!」
「だからっどうせ嫌われてるかもならイチかバチかで好きなだけわがまま言ってこいっての!!」
好きなだけ・・・わがまま?
凜ちゃんの言葉で、沈み込んでいた俺の心が、一瞬浮き上がった気がした。
「・・・いい、の?俺なんかの後押ししちゃって・・・」
「うーんっ!わかんないけどまあよし!優しいだけのお姉ちゃんじゃないのはいつものことだしねっ!それに瀬名くんの恋敵ってことは海の恋敵ってことでもあるでしょ?そうみすみすチカラさんにあかりを譲り渡されちゃ黙ってらんないって!」
きょーちゃんは異様に面倒見がいいだけで別にあかりちゃんのことを好きなわけではないだろうから、恋敵っていうとちょっと違うかもだけど。
まあ恋の敵ではあるか。
「だからまあ問題ないってことにしとく!その代わりちゃんとあかりのこと取り返してきてよねっ」
「・・・ん、約束する」
俺は凜ちゃんに一瞬だけ感謝を伝えるために笑いかけて、あとはもう振り返らずに走った。
まっすぐ・・・あかりちゃんのもとに。

