そのあと連絡先を交換し、後日話し合って私と瀬名くんの関係のルールを取り決めた。


 一つ、吸血は月曜日の朝、始業の一時間半前に登校して行うこと。

 一つ、過度な吸血は行わないこと。

 一つ、傷口の治癒を必ず行うこと。

 一つ、吸血が終わった後は他の人が登校するまで教室から離れること。

 一つ、吸血の代わりに私は瀬名くんと仲良くすること。


 そして一つ、吸血に関しては誰にも話さない。二人だけの秘密にすること。


 以上がルール。
 瀬名くんのメリットがほぼない気がして、ルールを決めている間でさえ、ほんとに吸血なんてしていいのかと何度も確認してしまった。


 そして今日は、あの体育の日以来の月曜日。

 瀬名くんの血を飲みすぎないよう、しっかり鉄分を摂取し、自分の腕も念のため吸血してから家を出た。


 教室は、というか学校自体に生徒がおらず、まだ先生しかいないようだった。


(ちょっと早く来すぎたかなー・・・)


 ルールを決めたときのやりとりをもう一度見返しながら瀬名くんを待つ。


(にしても吸血に関しては二人だけの秘密、なんだよね。一応凜にも言ってないけど・・・・私の秘密を知ってる凜には言ってもいいのかな?いやでも吸血させてもらってる以上、私がルールを破るなんて・・・)


 とりあえず言ったら瀬名くんとの関係をいろいろ追及されそうでめんどくさいので黙っておくことに決めた。


「あかりちゃん、お待たせ」

「!」


 考え事をしていたので、声をかけられてやっと瀬名くんが教室に入ってきたことに気が付く。


「瀬名くん、おはよう」

「あかりちゃんこそ早いね、何、俺と会うの楽しみだった?」

「うん」


 瀬名くんは少しびっくりしたような顔をする。


「瀬名くんの血ってほっぺたがとろけるくらいおいしいから」

「・・・・俺じゃなくて俺の血が楽しみだったってことね」

「・・・・・あ、いや、瀬名くんの血も楽しみだったけど、瀬名くんと会うのはもっともーっと楽しみだったよ」

「ごまかしが下手だなぁ」


 つい本音が出てしまったが、瀬名くんはあまり気にしてなさそうだったのでよかった。
 たぶん「俺と会うの楽しみだった?」っていうセリフは、私をからかうつもりでなんとなく言ったのかもしれない。


「じゃあ、人が来る前に済ませようか」

「うん。瀬名くんは座ってていいよ。すぐ済ませるから」


 瀬名くんが私の隣、つまり自分の席に腰掛け、私の方を向く。


「ん、どうぞ」


 なぜか心臓がはちきれそうなほどドキドキする。
 それは瀬名くんのまとう余裕ありげな雰囲気がそうさせるのか、はたまたそんな瀬名くんをこれから吸血するという期待がそうさせるのか。

 わからないけど私はとにかく心臓バックバクのまま瀬名くんに歩み寄る。

 瀬名くんは座っているので、私より下に頭がある。
 そのまま上目づかいで見られると背徳感っていうのか、なんかいけないことをしている感がすごい。


「す、吸うね・・・?」

「ん」


 瀬名くんの肩に手をまわして、なるべく優しくその首筋に咬みついた。


「ぅ・・・・」


 瀬名くんが小さくうめいたので、痛みを感じているのかも、と焦る。

 とにかく素早く優しく終わらせなければ。
 そう思って、牙を食いこませないよう気を付けながら、こくこくと血を飲む。

 何口か飲んだら血が流れだす前に急いで傷をなめて吸血終了。


「・・・・・終わったよ」

「うん・・・・」

「ありがとう、瀬名くん」


 瀬名くんは首筋にそっと触れてから私を見る。


「治してくれてありがと」

「治すのは当たり前だから・・・・それより、吸血してるとき、痛くなかった?」

「うーん、痛いっちゃ痛いけど、なんかアドレナリンみたいなのが出てるのかあんまり痛み感じなかったよ。それにあかりちゃんが優しくやってくれてるの伝わってたからさ」

「え、わかるものなんだ、優しくやってるとか」

「うん。なんか感覚的に?」


 自分を吸血するときは切羽詰まった状態なことが多く、たいてい肉まで削ぐような勢いで咬みついてたから知らなかった。


「っていうか今更だけど、あかりちゃん以外と話しやすいよね」

「・・・・そう、なのかな」

「うん。前は話しかけても端的に答えるだけだったからさ、あんまり会話すんの好きじゃないのかと思ってた」

「あー・・・、それは秘密がバレそうだから」


 吸血鬼の末裔であることがバレないよう、人には深入りしていないことやわざと友達をあまり作っていないことを話す。


「そっかー、じゃあ俺が友達第一号?」


 仲良しな子、と言われて真っ先に浮かぶのは凜だけど、凜は親戚だから友達としてカウントしていいものなのだろうか。
 そうなると瀬名くんが第一号でもあながち間違いではないかもしれない。


「・・・うん、そうかも。っていうか、そう思ってもいい?」


 瀬名くんは少し驚いたような顔をしたあと、もちろん、と笑って言ってくれた。


「じゃあ、ルールがあるし、しばらく教室から出てようか。俺は朝飯食べてないからコンビニ行くけどあかりちゃんは?」

「せっかく教室出ても二人で過ごしてたら結局変に思われちゃうでしょ。私は空き教室で予習してる」

「えー、残念。てか普通に友達なら一緒にいても変じゃなくない?」

「はたから見たらそんなに急に仲良くなるのは変なの」


 むぅ、とわざとらしく口を尖らせたが、お腹が空いたのか諦めて立ち上がった。


「じゃあ、またあとで」

「うん。・・・・あ、あとで会った時もおはようって言うからね。今日初めて会ったってことで」

「ふ、何それ、なんかほんとにいけないことしてるみたい」

「まあいけないこと・・・・ではあるかもしれないけど」


 どれだけ言って、手を振って解散した。