これでよかったんだ。

 私は、今日何度目になるかわからないくらい繰り返したその言葉を、もう一度胸の中で唱えた。

 瀬名くんと私は、もうただのクラスメイト。
 それ以上でも、それ以下でもない。

 授業以外で話すことなんてないし、必要以上に関わることもない。
 ましてや朝の教室で二人っきりになることも・・・。

 だって二人だけの秘密はもう・・・途絶えてしまったんだから。


キーンコーンカーンコーン


 終業のチャイムが、私の意識を現実に引き戻した。


(・・・だめだ、全然集中できなかった・・・)


 テスト前なのに。
 ぼんやりしている場合じゃない。

 私はメモしていなかった板書を大慌てで写す。
 少し字が雑になってしまったが、どうにか日直の人が消しきる前に写しきれた。


「・・・よかった・・・」

「何がぁ?」

「わっ、音央ちゃん!」


 音央ちゃんがひょこっと後ろから顔出してきた。
 音央ちゃんはそのまま私の席の隣にしゃがみこんだ。


「・・・ね、相談あるんだけど」


 勉強会の時と同じ流れだ。
 でも少し様子が違う。

 普段なら快活としてはきはきしゃべる音央ちゃんが、妙にこそこそと話し始めた。


「勉強会のこと・・・、なんだけど」

「うん・・・?」


 普段と違う音央ちゃんの様子に疑問を覚えつつ、こそこそ話を聞くために私も音央ちゃんに身を寄せた。


「あの・・・、誘いたい人が、いて・・・」

「いいよ。誰?」

「・・・えっと」


 音央ちゃんが、珍しくためらった。
 その顔が、心なしか赤らんで見える。


(・・・え、まさか)


 そのまさかだった。


「涼我・・・誘ってもいい?」

「あー・・・」


 瀬名くんか・・・、と心の中で独りごちる。

 ほんとのことを言えば、当然気まずい。
 だけどここで断るのも変だ。


「・・・ちなみにさ、ほかの子はなんて言ってる?」

「ののにも愛架にも凜にも許可とってる!」

「あー・・・そっか」


 変に間を空けたせいか、音央ちゃんが心配そうにのぞきこんできた。


「・・・ごめん、嫌だった?」

「あっ、ううんっ!だ、大丈夫っ!」

「一応あかりは涼我と仲いいかなって思って確認すんの後回しにしちゃったんだけど・・・、いやだったら断ってくれていいからね・・・?」

「大丈夫だって!私理系科目あんま得意じゃないけど、瀬名くんは得意らしいからちょうどいいじゃん」

「ね!」


 音央ちゃんは嬉しそうにぱっと笑った。

 大丈夫。
 瀬名くんとはクラスメイトなんだもん、こんなこともあるよ。
 たまたま共通の友達がいただけ。それだけ。

 共通の友達がいたからいっしょに勉強会に参加することになったなら、別に深くかかわる必要なんてない。


「じゃあグループに涼我も誘っちゃうね!」

「うん・・・」


 早速音央ちゃんはスマホを操作しだしたかと思うと、勉強会のために作ったグループに、瀬名くんが加わった。


『みんな涼我も加わっていいよってことだったから追加した!勉強会どこでする?』


 音央ちゃんが瀬名くんを追加したあと、そう送ってきた。

 私のスマホが、通知で震えた。
 隣の席で別の子と談笑していた瀬名くんのスマホも、同時に震えた。

 それがなんだか、やけに大きく聞こえた。


 結局その日の夜、グループで話し合って、勉強会は瀬名くんの家ですることになった。

 図書館だと教えるにしても話しにくいけど、その点瀬名くんの家なら、その日はだれもいないらしいので、多少騒がしくても大丈夫とのことだった。


(瀬名くんの家か・・・)


 二学期の始業式の、三日前。
 宿題を手伝いに行った、あの日以来だ。

 あのときは・・・吸血も、したっけ。

 そんな考えが頭をよぎって・・・私は振り払うように、頭を振った。