その日の放課後、私は教室でひとり机に向かっていた。

 テスト期間は今週の金曜日からだけど、テスト勉強は早めに始めておいて損はない。それに勉強会で先生役として頼ってもらえたんだから、私にできる精一杯のことをして、期待に応えたい。
 そう思って、数学の問題集を広げた。


(前回の中間が二次関数で終わってたから・・・その続きからかなぁ。正弦余弦あたりは出そう・・・)


 まだ範囲表が配られていないので、確実に出そうなところを先に進めておくことにした。


(公式のページにふせん張っておこう・・・教える時ぱっと開けたほうがいいしね・・・)


 五色セットのふせんから、青のふせんを一枚はがすと、ページの端っこにぺたりと留めた。


「これでよし・・・」

「あかりちゃん」

「わっ!」


 教室に誰もいないと思っていたのに、突然話しかけられて驚いた。
 この流れ先週もやったような・・・・。

 振り返ると、先週と同じく瀬名くんが立っていた。


「せ・・・・」


 瀬名くん、と言いかけたけど、どんな顔で、こんな声色で話せばいいのかわからなくて言葉を飲み込んだ。


「あはは、びっくりさせてごめんね」


 瀬名くんはやっぱりいつも通りの笑顔をたたえていた。


「呼び出しだよ」

「え?呼び出しって・・・」


 瀬名くんは窓の外を指した。


「校門のとこ」


 誰によるどんな呼び出しなのかさっぱりだったけど、瀬名くんはそれっきり何も言わなかった。
 誰かわからないけどとりあえず待たせるのも悪いので、私は校門へと向かった。

 校門に向かう途中、前を行く二人組の女生徒の会話が耳に入ってきた。


「あれ?あの人制服違うー」

「あ、あの制服私の出身の中学のやつだ」

「え?そうなん?じゃあ中学生なんだ」


 何気なくその二人の視線の先をたどると、その先には思わぬ人物がいた。


「かっ、海くん!?」


 海くんは私の声でこちらに気づいたらしく、小さく会釈してきた。
 私は海くんのもとへと駆け寄る。


「私を呼んでたっていうの、もしかして海くん?」

「そうです、あの、急に呼んですんませんでした・・・っ」

「ううんっ」


 海くんは少しためらったように視線を泳がせてから、小さめな声で本題に入った。


「で・・・あの・・・、デートの、ことなんすけど・・・」

「!!」


 そうだ。
 チカラさんに吸血がバレてからの一連の騒動が衝撃的すぎて忘れていた。

 学園祭の最終日、海くんとデートをする約束をしたのだ。


「俺の学校、来週からテスト期間で・・・えっと・・・、あかりさんさえよければなんすけど今週末、その・・・っ、えっと・・・」


 海くんは顔を真っ赤にしてなかなか続きを口に出さない。
 それでもさすがに今週末デートをしないかという誘いであることは明らかなので、私は口をはさんだ。


「大丈夫、わかってるよ」

「・・・・うす」


 ただ今週末となると・・・。


「えっと、実はうちの学校はテスト期間が今週の金曜からでさ」

「えっ、そ、そうなんすか?姉ちゃん何も言ってなかったんすけど・・・」

「あー・・・凜は今日気づいたみたいだから・・・」


 朝、音央ちゃんに言われなかったら、たぶんテストの範囲表が配られるまで気づかなかったに違いない。


「それで・・・、土曜日はクラスの子といっしょに勉強会しようって言ってて。だから会うなら日曜日になるけどいい?」

「えっ!いやいいです・・・っ!あ、いいっていうのは違くて・・・っ」


 海くんは焦ったように付け足す。


「あのっ、俺、あかりさんの邪魔になりたいわけじゃないんで・・・っ、あかりさんの学校のテスト期間が今週からだって知らなかったから誘っちゃったんですけど・・・っ!と、とにかく、テスト終わってからでいいです!」

「ほんと?まあ私としてもテスト終わってからのほうがありがたいけど・・・」

「お、俺もテスト近いしやっぱ今週末やめましょう・・・っ!あの、テスト終わったらまた会いに来ます・・・っ」


 海くんがそれだけ言って立ち去ろうとしたので、あわてて引き留める。


「あっ、海くん!テスト終わったら私から連絡入れるから。わざわざ高校まで来るの大変でしょ?」

「あ、いえ、えっと・・・」


 海くんは口ごもりながらうつむいた。


「俺、が、あかりさんに会いたい、ので・・・会って、はなし、ます・・・」

「えっ・・・あ、う、うん・・・っ」


 あまりにも海くんが赤くなって言うものだから、私まで頬が熱くなるのを感じた。


「あの、そ、それじゃあ・・・っ」

「・・・はい・・・っ」


 なぜか私まで敬語になってしまった。

 海くんは一瞬名残惜しそうに私のほうを見たけど、ばちっと目が合った瞬間、顔を真っ赤にして足早に立ち去って行った。