打ち上げの日から一週間が経ち、チカラさんとの約束の日になった。
どこに行きたいか聞くと、できれば人がいないところがよい、とのことだったので、カラオケに行くことになった。
「九鬼さん、こっち」
「あ、お久しぶりです、チカラさん」
目的のカラオケボックスの前で、チカラさんと合流し、いっしょに個室に入った。
私はカラオケなんて凛と1回行ったくらいしか経験がないから、慣れなくてなんだかそわそわする。
私はチカラさんの向かいに腰掛けた。
「それで・・・あの、話っていうのは・・・・」
「そう・・・だな、えっと・・・・」
チカラさんはとても緊張したような、ためらうような表情をしていて、なかなか話だそうとしない。
「・・・・・先に、飲み物、取りに行くか。せっかくドリンクバーつけたし・・・」
「え?あ、はい・・・」
拍子抜けした。
チカラさんは小さく唇を噛んだあと、部屋を出た。
私もそれに続いて部屋を出る。
「・・・・」
「・・・・・・・あー、そういえば、会う予定、延期してくれてありがとうございました」
「え?・・・あぁ・・・うん・・・」
気まずい。
ものすごく会話が弾まない。
無言でお互い飲物を注ぐ。
「えっとー・・・先週チカラさんのクラスも打ち上げって言ってましたけど、どうでした?」
「そう、だな・・・楽しかった・・・」
「いいですね」
「・・・・」
気まずい・・・!
チカラさんは例の「話」の方に気を取られているのか、何を聞いても上の空。会話が弾みそうな気配すらない。
お互い無言のまま飲み物片手に個室に戻ってきた。
「それであの・・・話っていうのは・・・」
「・・・・ああ」
チカラさんは口を開きかけたが、やっぱり何かを迷っているのか口を閉じた。
「・・・先に少し歌うか?」
チカラさんがそう言いながらマイクを差し出してきてずっこけそうになった。
どれだけ話始めたくないんだ・・・・。
「いえ、あの・・・チカラの話が気になって気持ちよく歌えないです」
「あー・・・まあ、そう、だよな・・・」
チカラさんはそっとマイクを戻す。
そして大きく深呼吸した。
「・・・じ、時間がたってきて・・・自分でも自分の記憶が本当に正しかったのか不安になってるんだが」
「・・・はあ」
何を話すつもりなんだろう。
チカラさんの緊張がこっちまで伝わってきて、私は居住まいを正した。
「あー・・・・どこから話せばいいのか・・・えっと」
「はい」
「先週・・・じゃなくて先々週が学園祭だっただろう?」
「はい」
「で・・・えっと、その前の週のことだ」
「3週間後・・・ですか」
「ああ」
まだ要領を得ないチカラさんの話に、とりあえず相槌をうつ。
「俺はクラスの出し物のまとめ役をしているって話、しただろう?」
「あぁ・・・そんなこと言ってましたね」
「学園祭の前の週は準備に追われていて・・・朝も放課後も時間さえあれば準備にかかりきりだったんだ」
「・・・はい」
「で、まあ・・・あの・・・3週間前の月曜日の朝も・・・早く登校しててさ」
「!!」
月曜日の朝。
その単語を聞いただけで、チカラさんが何を話そうとしているのか・・・想像ができた。
きっと・・・・きっと・・・。
「・・・その反応・・・たぶん、俺が言いたいこと気づいてるよな?」
「・・・・ぇ、あ・・・その・・・」
今度は私が口ごもる番だった。
「あれは・・・・何をしてたんだ?」
「・・・・・っ」
「九鬼さん、君は何者なんだ?」
チカラさんの目が鋭く私を射すくめた。
「わ、たし・・・は・・・その・・・」
「あの時、涼我と九鬼さんの会話はとぎれとぎれにしか聞こえなかったが・・・・吸血、って単語が聞こえた。君は・・・人間じゃない、のか?」
「・・・・!」
そこまで聞かれていたのか・・・。
だとしたらもう、隠し通すことなんて・・・。
隠し通せないとわかりつつ、私の唇は震えていて、言葉を発せそうになかった。
(どうしたらいいの・・・?誰か、誰か教えて・・・)
私は喉に熱くて硬い大きな石が詰まったみたいな感じがして、苦しさと痛さで顔がゆがんだ。
(誰か・・・・瀬名くん・・・!)
瀬名くんの名前を心のなかで呼んだ途端、目から涙があふれた。
「・・・・それは、肯定ってことでいいのか?」
「・・・・」
何も答えなかったけど、チカラさんは私が人でない何かであることを確信したようだった。
「血を吸う化け物か・・・・さしずめ吸血鬼だな」
「ちがっ・・・違うんです、わたしっ、私、ちゃんと人間です・・・・っ!」
「人間は人間の血を吸わない」
「・・・っ」
私は人間じゃない。
チカラさんは、その事実を冷淡に突きつけてきた。
チカラさんは私が静かに涙を流すのを見て、小さくため息をついた。
「・・・俺は君と知り合ってまだ日は浅いが、君に思いやりがあって、涼我のことを大切に想ってくれていることも伝わっている」
「・・・?」
「だから君がたとえ人間であろうとなかろうと、それを否定する気はない。ただ・・・・」
チカラさんはそこで言い淀んだ。
けれど意を決したように私の目を見据え、口を開いた。
「涼我にはもう関わらないでほしい」
「!」
「俺にとってあいつは、これまで出会った誰よりも気を許せる、唯一の親友なんだ。だからこそ、あいつには幸せになってほしいって思ってる」
チカラさんは大きく頭を下げた。
「君が人間でなくても、悪い存在じゃないのは重々承知している。だけどそれでも・・・血を吸うなんて危ういことを、はいそうですかって納得なんてできない。だから・・・どうか、もう涼我と関わらないでもらいたい」
チカラさんは頭を下げたまま、しばらくそのままでいた。
私も、なんて返したらいいのかわからなくて、俯いた。
確かに、初めから思っていたことだ。瀬名くんとの約束は、瀬名くんにとって不利益なんじゃないかって。
私は瀬名くんの優しさに甘えてるだけなんじゃないかって。
そう、思っていたんだ。
そして・・・そう思うなら、瀬名くんからは身を引くべき、なんだ。
私は震えてうまく動かせない唇を、なんとか動かして声を発した。
「・・・・瀬名くんに・・・話してみます。吸血、もうやめるって・・・」
「・・・ありがとう」
そのあと、当然だけど二人とも歌う気になんてなれなくて、まだ時間になってないのにカラオケをあとにした。
別れ際、チカラさんは私にもう一度深く頭を下げた。
「辛い決断をさせてごめん。涼我のために、九鬼さんの気持ちをないがしろにするようなことを頼んでごめん。・・・けど俺はあのお願いを、撤回する気はないから」
「・・・わかってます。私だって瀬名くんの友達ですから。瀬名くんに幸せでいてほしいって思う気持ち、いっしょですから」
そう。
瀬名くんに、幸せでいてほしい。
だから身を引くべき。
わかってる、わかってるけど・・・・。
まだ、隣りにいたいよ。
笑い合いたいよ。
いっしょに歩きたいよ。
瀬名くん・・・。
どこに行きたいか聞くと、できれば人がいないところがよい、とのことだったので、カラオケに行くことになった。
「九鬼さん、こっち」
「あ、お久しぶりです、チカラさん」
目的のカラオケボックスの前で、チカラさんと合流し、いっしょに個室に入った。
私はカラオケなんて凛と1回行ったくらいしか経験がないから、慣れなくてなんだかそわそわする。
私はチカラさんの向かいに腰掛けた。
「それで・・・あの、話っていうのは・・・・」
「そう・・・だな、えっと・・・・」
チカラさんはとても緊張したような、ためらうような表情をしていて、なかなか話だそうとしない。
「・・・・・先に、飲み物、取りに行くか。せっかくドリンクバーつけたし・・・」
「え?あ、はい・・・」
拍子抜けした。
チカラさんは小さく唇を噛んだあと、部屋を出た。
私もそれに続いて部屋を出る。
「・・・・」
「・・・・・・・あー、そういえば、会う予定、延期してくれてありがとうございました」
「え?・・・あぁ・・・うん・・・」
気まずい。
ものすごく会話が弾まない。
無言でお互い飲物を注ぐ。
「えっとー・・・先週チカラさんのクラスも打ち上げって言ってましたけど、どうでした?」
「そう、だな・・・楽しかった・・・」
「いいですね」
「・・・・」
気まずい・・・!
チカラさんは例の「話」の方に気を取られているのか、何を聞いても上の空。会話が弾みそうな気配すらない。
お互い無言のまま飲み物片手に個室に戻ってきた。
「それであの・・・話っていうのは・・・」
「・・・・ああ」
チカラさんは口を開きかけたが、やっぱり何かを迷っているのか口を閉じた。
「・・・先に少し歌うか?」
チカラさんがそう言いながらマイクを差し出してきてずっこけそうになった。
どれだけ話始めたくないんだ・・・・。
「いえ、あの・・・チカラの話が気になって気持ちよく歌えないです」
「あー・・・まあ、そう、だよな・・・」
チカラさんはそっとマイクを戻す。
そして大きく深呼吸した。
「・・・じ、時間がたってきて・・・自分でも自分の記憶が本当に正しかったのか不安になってるんだが」
「・・・はあ」
何を話すつもりなんだろう。
チカラさんの緊張がこっちまで伝わってきて、私は居住まいを正した。
「あー・・・・どこから話せばいいのか・・・えっと」
「はい」
「先週・・・じゃなくて先々週が学園祭だっただろう?」
「はい」
「で・・・えっと、その前の週のことだ」
「3週間後・・・ですか」
「ああ」
まだ要領を得ないチカラさんの話に、とりあえず相槌をうつ。
「俺はクラスの出し物のまとめ役をしているって話、しただろう?」
「あぁ・・・そんなこと言ってましたね」
「学園祭の前の週は準備に追われていて・・・朝も放課後も時間さえあれば準備にかかりきりだったんだ」
「・・・はい」
「で、まあ・・・あの・・・3週間前の月曜日の朝も・・・早く登校しててさ」
「!!」
月曜日の朝。
その単語を聞いただけで、チカラさんが何を話そうとしているのか・・・想像ができた。
きっと・・・・きっと・・・。
「・・・その反応・・・たぶん、俺が言いたいこと気づいてるよな?」
「・・・・ぇ、あ・・・その・・・」
今度は私が口ごもる番だった。
「あれは・・・・何をしてたんだ?」
「・・・・・っ」
「九鬼さん、君は何者なんだ?」
チカラさんの目が鋭く私を射すくめた。
「わ、たし・・・は・・・その・・・」
「あの時、涼我と九鬼さんの会話はとぎれとぎれにしか聞こえなかったが・・・・吸血、って単語が聞こえた。君は・・・人間じゃない、のか?」
「・・・・!」
そこまで聞かれていたのか・・・。
だとしたらもう、隠し通すことなんて・・・。
隠し通せないとわかりつつ、私の唇は震えていて、言葉を発せそうになかった。
(どうしたらいいの・・・?誰か、誰か教えて・・・)
私は喉に熱くて硬い大きな石が詰まったみたいな感じがして、苦しさと痛さで顔がゆがんだ。
(誰か・・・・瀬名くん・・・!)
瀬名くんの名前を心のなかで呼んだ途端、目から涙があふれた。
「・・・・それは、肯定ってことでいいのか?」
「・・・・」
何も答えなかったけど、チカラさんは私が人でない何かであることを確信したようだった。
「血を吸う化け物か・・・・さしずめ吸血鬼だな」
「ちがっ・・・違うんです、わたしっ、私、ちゃんと人間です・・・・っ!」
「人間は人間の血を吸わない」
「・・・っ」
私は人間じゃない。
チカラさんは、その事実を冷淡に突きつけてきた。
チカラさんは私が静かに涙を流すのを見て、小さくため息をついた。
「・・・俺は君と知り合ってまだ日は浅いが、君に思いやりがあって、涼我のことを大切に想ってくれていることも伝わっている」
「・・・?」
「だから君がたとえ人間であろうとなかろうと、それを否定する気はない。ただ・・・・」
チカラさんはそこで言い淀んだ。
けれど意を決したように私の目を見据え、口を開いた。
「涼我にはもう関わらないでほしい」
「!」
「俺にとってあいつは、これまで出会った誰よりも気を許せる、唯一の親友なんだ。だからこそ、あいつには幸せになってほしいって思ってる」
チカラさんは大きく頭を下げた。
「君が人間でなくても、悪い存在じゃないのは重々承知している。だけどそれでも・・・血を吸うなんて危ういことを、はいそうですかって納得なんてできない。だから・・・どうか、もう涼我と関わらないでもらいたい」
チカラさんは頭を下げたまま、しばらくそのままでいた。
私も、なんて返したらいいのかわからなくて、俯いた。
確かに、初めから思っていたことだ。瀬名くんとの約束は、瀬名くんにとって不利益なんじゃないかって。
私は瀬名くんの優しさに甘えてるだけなんじゃないかって。
そう、思っていたんだ。
そして・・・そう思うなら、瀬名くんからは身を引くべき、なんだ。
私は震えてうまく動かせない唇を、なんとか動かして声を発した。
「・・・・瀬名くんに・・・話してみます。吸血、もうやめるって・・・」
「・・・ありがとう」
そのあと、当然だけど二人とも歌う気になんてなれなくて、まだ時間になってないのにカラオケをあとにした。
別れ際、チカラさんは私にもう一度深く頭を下げた。
「辛い決断をさせてごめん。涼我のために、九鬼さんの気持ちをないがしろにするようなことを頼んでごめん。・・・けど俺はあのお願いを、撤回する気はないから」
「・・・わかってます。私だって瀬名くんの友達ですから。瀬名くんに幸せでいてほしいって思う気持ち、いっしょですから」
そう。
瀬名くんに、幸せでいてほしい。
だから身を引くべき。
わかってる、わかってるけど・・・・。
まだ、隣りにいたいよ。
笑い合いたいよ。
いっしょに歩きたいよ。
瀬名くん・・・。