学園祭から一週間がたち、土曜日になった。
 ファミリーレストランが予約してあるらしく、私は凛と共にそこへ向かった。


「お、あかりちゃんに凛ちゃん。やっほー」


 集合場所に着くと、瀬名くんに声をかけられた。バスが少し遅れていたせいか、私と凛以外のほとんどの人がもう揃っていた。
 そのあと残りの2、3人も無事やってきて、みんなで店の中に入った。


「じゃあ窓際のテーブル三つを使っていいらしいので、適当に座ってくださーい」


 私は凛と一番端っこに腰掛けた。
 するとたまたまなのかわざとなのか、その向かいに瀬名くんがやってきた。


「ちょ・・・・、なんでここ?」

「ここに座りたいから」

「瀬名くんなら引く手あまたでしょ・・・・わざわざこんな端っこ座んなくても・・・」


 ていうか正直に言うと目立つから近くに座らないでほしい。


「えー、だめ?自由に座っていいって言われたのにー?」

「うっ・・・・す、好きにしてください・・・」

「それでよろしい」


 すると瀬名くんの後ろから音央ちゃんがひょこっと顔を出した。


「涼我ここ座んのー?じゃー隣!座っていい?」

「お、音央ちゃんじゃん。ののちゃんと座んなくていいの?」

「ののは彼氏と座るんでぇ」


 私はその言葉を聞いてぎょっとした。


「えっ・・・ののちゃんって彼氏いたの・・・・!?」

「えっそーだよ!?あかり知らなかったの?」


 音央ちゃんは逆に私が知らなかったことに驚いたような反応をした。
 ののちゃんは同じクラスの矢崎くんって男の子の隣に座っていた。


「えっ・・・や、矢崎くんと・・・?」

「そー」

「えぇ・・・そうなんだぁ・・・」

「のの、おっとりしてるように見えてああいうとこちゃっかりしてるからさぁ。矢崎くんもさ、入学してすぐに、かっこいい!って言い出したかと思えばその一ヶ月後に付き合い出したもん」

「一ヶ月!?ってことは五月から!?」


 音央ちゃんと盛り上がっていると、少し離れたところにいるののちゃんが口を挟んできた。


「ちょっとそこぉ!ののと雅人くんの馴れ初め勝手にしゃべんないのー!もう!」

「あ、あははっごめん!」

「ごめんって思ってないでしょそれぇ!」


 私と音央ちゃんは思わず顔を見合わせて笑ってしまった。

 そのあと、全員が注文を決め、料理が出されるまで他愛もない話をした。


「でさぁ、うちのフォトスポットに田村先生がきててさぁ、猫耳つけてた」
「えー!?まじぃ!?ギャップすぎる!」

「てか他のクラスのダンス見た?めっちゃすごすぎてなんてうちのチーム買ったのかわかんないんだけど」
「四組のだけ見れてない〜」

「ドリンクバーどうする?」
「おれコーラ!」

「なんかほんとは今日来れない予定だったんだけどさー、急に予定消えた」
「ラッキーじゃん」


 クラスのみんなが会話する声があちこちを飛び交う。

 なんだか、教室のようで教室じゃない・・・不思議な感じだ。
 そうこうしているうちに料理がぞくぞくとやってきた。


「凛・・・頼み過ぎじゃない・・・?」

「別勘定だからいいじゃーん」


 そういって目の前にハンバーグやらポテトやらピザやらを並べだす凛。


「それ・・・食べれる?」

「あかり、16年の付き合いとは思えない事言うね!このぐらいあたしの胃袋ならよゆー!」

「ほんとに!?さすがに夏祭りとかでもこんなに食べてない気がするけど!?」


 心配する私を見て、瀬名くんが笑った。


「あかりちゃんお母さんじゃん」

「あっそれ瀬名くんも言う!?凛にもたまに言われるんだけど!」

「だって。ほんとお母さんって感じの事言うんだもん。大丈夫、食べきれなかったら俺が食べるし」

「ほんと?ありがと」


 私と瀬名くんが話していると、私と瀬名くんの視線の間に手が入り込んできた。


「そこ!私を娘にしたみたいな夫婦っぽいやりとりやめなさい!」

「いやそんなやりとりしてないけど」

「自覚なくてもだめー!」


 そうして話していると、隣のテーブルにいた桜ちゃんに話しかけられる。


「あかり」

「ん?」

「食べる?」


 何をくれるつもりなのかと桜ちゃんの手元を見ると、唐揚げに添えられていたレモンがそこにはあった。


「えっ唐揚げじゃなくてレモンのほう!?」

「だってあかり柑橘系好きって言ってたから」

「覚えててくれるのは嬉しいけど唐揚げに添えられてたやつくれるってあんまりないよ!?」


 するとその会話を聞いていた春ちゃんやののちゃんもレモンを渡してきた。


「あははっ、ちょ、みんなこっちにレモン集結させなくていいからっ!」

「こっちもこっちもー」

「いいってぇ!」


 思わず耐えきれず吹き出すと、つられて桜ちゃんたちも笑う。


「てかあかりんこっち来てー!あかりんの恋バナ聞きたい!」

「え!?」


 ののちゃんのセリフで、急に海くんからの告白がよぎった。
 そのせいか私の顔は明らかに赤くなってしまった。


「え!?何その反応!!なんかあるな!?」


 あからさますぎてののちゃんにわくわく顔で追求されてしまった。

 私が動こうとしないのでしびれを切らしてののちゃんがこっちまでやってきた。


「何々?ののに教えてみ〜?好きな人いるの?どうなの?」

「いっいないよ!」

「じゃあ何、好きな人じゃなくてもう彼氏か!」

「いない!!」

「んー?じゃあ誰かに好きって言われたか!」

「え、あ、ぅ・・・・」

「図星じゃん!」


 一瞬にして暴かれてしまった・・・・。


「何々〜?その人のことどう思ってるわけ〜?」

「え!?え・・・えっと」

「どうなのどうなの!?」

「えぇ・・・・た、大切・・・だけど・・・恋愛的な好き、かは・・・・まだ、わかんない・・・です」


 私がそう答えるや否や凛が割り込んできた。


「はーい、あかりが困ってるでしょ!あかりの恋バナはここまでっ!それよりあたしの恋愛相談乗ってほしーなー!男バレの先輩落とす方法教えてほしい!!」


 凛の鶴の一声で、女子たちの関心が一気にそっちに向かった。


「男バレ!?爽やか系!?」

「そう!ってかミスターコンの二位の人!!」

「イケメンじゃん!!」


 きゃいきゃいと恋バナで盛り上がるみんなを傍目に、私はそっと瀬名くんが席を立ったのに気がつく。


「・・・・私、ドリンクバーとってくるね。他に欲しい人いたらついでにとってくるけど」

「あ、ココア!」

「私カルピス!」


 凛と音央ちゃんからコップを受けとり、急いで瀬名くんのあとを追った。


「瀬名くん・・・!」

「!」


 瀬名くんは私が追ってきたことに驚いたように目を見開いた。


「・・・みんなと話してたのに抜けてきていいの?」

「恋バナは性に合わないから。それに・・・」


 私は瀬名くんをのぞきこむ。


「なんか・・・瀬名くんが浮かない顔してて気になったから」

「・・・・」


 瀬名くんはぎこちなく笑うと、ドリンクバーのボタンを押した。
 お互い無言のままで、静かにジュースが注がれる音だけが響いた。


「・・・ほんと友達増えたね、あかりちゃん」

「うん、そうだね。おかげさまで」

「・・・しかも海くんに告白までされちゃって」

「うん・・・・うん!?!?」


 なんで知ってるの!?という驚愕でばっと瀬名くんに顔を向けた。


「ごめん、聞いちゃった」

「あ、え、ど、ぅあ・・・・」

「あはは、何そのへんな反応」


 普段恋バナなんてしないのに、今日は濃すぎる。

 もう何からくるものなのかわからないけど恥ずかしさで私はみるみる赤面してしまった。


「わかりやす」

「う、うるさい・・・・」


 瀬名くんは私からコップを受け取り、希望された飲み物を聞いてココアとカルピスを注ぎはじめる。


「・・・・告白、なんて返す予定なの?」

「き、決めてないよ・・・」

「じゃあデート行ってきめるんだ」

「ちょっ!ど、どこまで聞いてんの!?」

「最後の最後だけだよ。扉開けた状態でデートがどうのとか話すからさ」

「〜〜っ!」


 私はもう言い返す気力もなくて、無言で満タンになったココアとカルピスを受け取る。
 私はオレンジジュースを希望してコップを渡す。


「・・・・弟みたいな存在じゃなかったの?告白、断わんないんだ」

「それはそう、なんだけど・・・・弟としてじゃなく見てほしいって言われた、から・・・きちんと向き合わないとだめだなって、思って・・・・」

「ふぅん・・・」


 瀬名くんはオレンジジュースのボタンを押す手を止めた。
 なのに、コップを渡してこようとしない。


「・・・・瀬名くん?」


 瀬名くんはくるっとこっちを向いた。

 なんか・・・・不機嫌・・・?

 そう思ったのもつかの間、瀬名くんは突然私のために入れていたはずのオレンジジュースを飲みほした。


「えっ・・・は!?え!?」

「・・・喉乾いてる?」

「はい!?」

「俺の血とオレンジジュースだったらどっちがうまいの?」

「はいぃ!?」


 もうよくわからない。
 どういうこと?


「い・・・意味わかんない、とりあえずもう自分で注ぐからいい・・・っ。場所変わって!」

「だめ」

「なんで!?」

「オレンジジュースに嫉妬しちゃった。オレンジジュースなんかより俺の血飲んでほしい」

「いやほんとどういうこと!?」


 理由がわからなすぎて普通に突っ込んでいたけど、そこではっと我に返る。
 今近くに誰もいないからいいものの、こんな公衆の面前で血を飲むだのなんだのと話すのはさすがにまずい。


「・・・・・」


 急に黙り込んだ私を見て察したのか、瀬名くんも話すのをやめた。


「・・・・とりあえず場所変わって」

「・・・・アレしてくれるならいいよ」

「・・・・・」


 アレって、たぶん、っていうか絶対吸血のことだ。
 さっきのよくわからないやりとりも、吸血してほしいってことだった・・・のか?

 けどなんで急に?
 そういえば先週も学園祭最終日にそんなこと言ってきたけど・・・。


「だめ?」

「・・・・次が月曜日・・・・明後日でしょ?さすがに瀬名くんの体がもたないよ・・・・」

「俺は大丈夫」


 何をもって大丈夫なのか・・・。
 そう突っ込みたいけど正直これ以上ドリンクバーの前で立ち尽くすわけにもいかない。


「・・・・・わかった。けど今はだめ。戻んないと怪しまれちゃうから」

「わかってる」

「打ち上げが終わったら集まろう。それでいい?」


 瀬名くんはうなずくと、何も言わずドリンクバーの機械の前からすっと離れ、そのまま席に戻っていった。


「・・・なんだったの・・・」