『あかりちゃん』


 教室で固まっていると、私のスマホが震えた。

 瀬名くんだ。


『カラオケの司会終わった。今から合流しない?』


 海くんの告白に気を取られている間に、いつの間にかカラオケ大会は終了していたようだった。

 私は迷いつつ、既読をつけた以上断るのも気が引けて、いいよ、と返信した。


『今どこにいる?』


 瀬名くんはすぐさま返信してきた。
 今いる空き教室の場所を送ると、OKとかかれたスタンプが送られてくる。

 あいつのこと・・・どう思ってるの?

 海くんのセリフが急にフラッシュバックしてきて、私は焦りでスマホを落としそうになった。


(海くんのこと、瀬名くんのこと・・・・、ちゃんと考えなきゃ。中途半端なまま海くんとデートするのは不誠実な気がする・・・・)


 私は海くんのことをどう思っているんだろう。

 私にとって海くんは大切な存在。それは間違いない。

 でもこの好きは・・・なんの好き、なんだろう。


「私は、海くんのこと・・・・どんな風に好き・・・なのかな・・・」

「あかりちゃん」

「!」


 考えごとをしていて気が付かなかったが、いつの間にか瀬名くんが教室に入ってきていた。


「せ、瀬名くん・・・!早かったね・・・!」

「ちょうど近くにいたからさ」

「そ、そっか・・・」


 瀬名くんは私の側にやってきて、隣の席を指さした。


「隣、座ってもいい?」

「うん・・・」


 瀬名くんはにこっと笑って、静かに腰を下ろした。


「もうちょっとで後夜祭だね」

「もうちょっとって・・・まだあと一時間くらいあるよ?」

「もうあと一時間しかない、だよ」


 瀬名くんは優しい瞳で私を覗き込んできた。


「楽しかった学園祭期間、あと何時間かで終わりだよ」

「・・・・うん」

「ね、聞いてもいい?」

「何を?」

「俺、ほんとちゃんとあかりちゃんのこと楽しませられた?」


 瀬名くんが少しだけ目を伏せた。


「・・・なんだ、そんなこと心配してたの」

「だって・・・約束したし」

「人生で、一番充実してた」


 瀬名くんが視線をあげた。そこに私も視線を合わせる。


「瀬名くんのおかげ。私・・・瀬名くんに会えて、よかったって思う」


 とたん、瀬名くんが少しだけ顔をゆがめた。


「ど、どしたの・・・?」

「うれしくて・・・・うれしすぎて、苦しい」

「ふふっ、何それ、意味わかんない」


 私は思わず笑ってしまったけど、瀬名くんは私が笑ったのを見てまた、切なそうに顔を歪めた。


「あかりちゃん・・・」

「ん?」

「あのさ」

「うん」


 瀬名くんはためらうかのように俯いた。
 表情が、見えない。


「血、吸ってほしい・・・」

「・・・え?」


 突然のお願いに、私は戸惑って瀬名くんをまじまじとみつめる。
 けれど彼はやはり俯いたままでいて、表情が見えなかった。


「・・・今日、金曜日、だけど・・・」

「・・・・」

「・・・?」


 瀬名くんが何を考えてるのかわからない。

 だけど・・・これまでも時折切なそうな表情を見せるときがあった。

 そんなとき私は・・・なぜか彼を放って置けないって思う。


「・・・・血、吸ってほしい・・・・の?」

「・・・うん」

「・・・・わかった」


 よくわからないけど、何かしてあげたい。
 よくわからないけど、力になりたい。

 私は立ち上がって、俯いたままでいる瀬名くんの前に立つ。

 瀬名くんの襟足に少しかかった髪を横に流す。

 その間も瀬名くんの表情を伺おうとしたけど、やっぱり見えないままで。

 意を決して私は彼の首筋に咬みついた。


「・・・・っ」


 牙の隙間から流れ出してくる血を舐めとる。
 いつも通り甘露のようにおいしいけど、飲み過ぎないようすぐに傷を治した。


「・・・もういいの?」

「うん・・・月曜日も飲んだから。あんまり飲んだら瀬名くんの体がもたないから」

「・・・そっか、ありがとう」

「こっちのセリフだよ。吸血させてもらってるのは私のほうだもん」


 瀬名くんはほっと小さく息をつくと、微笑んだ。


「・・・ごめん、変なこと言って。後夜祭始まる前に外出よう」

「うん」


 うちの高校の後夜祭では花火が上がる。
 まだ一時間ほどあるけど、徐々に校庭の場所取りが始まっているようだった。

 二人して校庭に向かいながら、他愛もない会話をする。


「どのへんで見たい?」

「んー・・・瀬名くんといっしょに花火見てたなんて知れたら全校の注目の的だからなー・・・なるべく目立たないところで・・・」

「あはは、ぶれないね、あかりちゃんは」

「そりゃーそうでしょ」


 私の希望をもとに、校庭の一番後ろ、それも木が並んでいて少し花火が見にくいところを陣取った。


「ちょっと見にくいけど・・・たぶんこのへんは木が邪魔で俺ら以外誰も来なさそうだね」

「うん、ちょうどいい感じ」


 私は瀬名くんと並んで座り、話しながら時間を潰した。
 時間が経つに連れ、校庭にも人が増えてきて、三十分も経つ頃には三分の二以上の生徒がもう校庭に集合しているようだった。

 ちなみにそのあたりになって突然凜からクラスメイト全員に向けてパフェを奢らせてくださいとの連絡が入った。
 何やらいろいろあってクラス人数分のパフェをお買い上げする羽目になったらしい・・・・。

 瀬名くんと私は時間をずらしてパフェを受け取りに行った。
 ちなみに凜には、


「あかり!瀬名くんと二人きりだからって変なことしちゃだめだからね!!」


 と、よくわからない釘をさされた。

 そうこうしているうちに花火が目前に近づいてきた。

 混み合う校庭を、少し離れた場所から見守る。


『さあ!ついに花火があがります!みなさんご一緒にカウントダウンお願いします!30病前です!30、29、28、27・・・』


 実行委員の掛け声とともに、全校の生徒が声を揃えてカウントダウンを始める。


「24、23、22、21・・・ちょっと、瀬名くんもちゃんとカウントダウンしてよ」

「えー?わかったわかった。15、14、13、12・・・」


 空にカウントダウンが響く。


『あと5秒です!5、4、3、2、1———』


 ゼロ、とつぶやいた瞬間、空に光が伸びて・・・


ドンッ!


 と弾け飛んだ。


「あがった!」

「夏祭りぶりだね」

「うん」

「ていうかあの時も結局あかりちゃんと二人きりでは見れてないし」 

「だったねー・・・」


 海くんと瀬名くんが射程を始めて、ひたすらどうしたいいかわからず困惑してた記憶しかない。


「じゃあ今日いっしょに花火見れてよかった。あの時の分、果たせたわけだからさ」


 私はそう何気無く言ったけど、瀬名くんから返事がなくて、戸惑って瀬名くんの方をむいた。

 瀬名くんは花火じゃなくて、私を見つめていた。


「・・・ど、どしたの?」

「ううん、ほんとにそうだなぁって」

「ん?何が?」

「だから、いっしょに花火見れてよかったってやつ」

「あぁ・・・」


 瀬名くんは小さくほほ笑むと、また花火を見上げた。

 その横顔がなんだか・・・・近くて、遠い気がした。

 かけがえのない、何か温かくて大切な気持ちが・・・・私の中で揺れた気がした。