私は無事大忙しだった出し物の当番を終え、凜と合流することになった。
 教室を出てすぐ、さっそく凜に連絡を入れる。


『当番終わったよ。凜のほうはどう?』

『私のほうも終わった!海が正門で待ってるらしいからそこに集合しよ!』


 今日は海くんも駆けつけてくれるとのことで、私と凜と海くんの三人で回ろうと約束していたのだ。

 言われた通り正門に向かうと、海くんが待っていた。


「あっ!あかりさん・・・!な、夏祭りぶり・・・ですね・・・っ」

「うん、ていうか海くん、ほんの数か月見ない間にまた大きくなった?」

「ど、どうでしょう・・・ちゃんと測ってないからわかんない、です」

「そっかぁ、確かに身体測定くらいしか身長測んないもんねぇ。このままいくと来年の身体測定の時にはもう見上げるくらいになってるかなぁ」

 海くんは私の言葉に小さくうなずいた。


「もうちょっと、大きくなりたいです」


 そうこうしているうちに、遠くにから歩いてくる凜が見えた。


「あ、凜来た。お〜い!こっちこっち!」


 私たちの姿に気がついた凜はなぜか私たち二人を一瞬じっと見つめたけれど、すぐ手を振りながら駆け寄ってきた。


「お待たせ!」

「姉ちゃんおっせーよ」

「るっさいなーもー。パフェ口に突っ込むぞ!」

「なんでパフェなんだよ・・・・」

「うちの部の出し物だからに決まってるでしょ!ちょっとでも赤字を減らす努力を惜しまないためにも!!」

「知らねーよ俺そんな甘いの得意じゃねーし・・・・」


 ぶつぶつ文句を言う海くんを横目に、凛は歩き出す。


「さっ!私とあかりは結構ここまでで回ってるからねー!海の回りたいこと優先でいいよ!」


 とか言いつつ行く先を話し合っていると、凛が希望する出し物がほとんどになってしまった。
 なんとなくそんな気はしていたけど。

 結局一年の出し物を制覇して、凛の友達が当番をしてる屋台を何個かまわった。

 そして空き教室に忍び込んで、買ったものを3人で囲む。


「うまっ!これうまっ!」

「凛それ学祭期間中毎日も食べてたのによくそんな初めて食べたみたいなリアクションできるね・・・・」

「おいしいものはいつだっておいしいでしょ!」


 そういっておいしそうにまた頬張る凛。

 そのとき、ふと窓の外から音が聞こえてきた。


『えー、ただいまより!青葉高等学校応援団によるクイズ大会を開催しまーす!このクイズは青葉高に関するわかりそうでわからないクイズを出題し・・・・・』

「あ、これ中庭のステージでやってるやつじゃん。こっからでも見れるんだ」


 凛は食べる手を止め、興味津々って感じで窓の外に身を乗り出した。


「もう凛!危ないからやめときなって!」

「えー、あかりお母さんみたいなこと言うー」


 唇をとがらせた凛は、しぶしぶ窓から身を離した。


『では第一問!一年学年主任高川先生、二年学年主任赤尾先生、三年学年主任西園寺先生、この中で最年少は誰でしょう!?』

「えー!?絶妙にわかんないこと突いてくるじゃん!」


 クイズを聞いて全問正解しようと意気込みだす凛。


「とりあえず高川先生はない!あの見た目で趣味盆栽だもん!」

「なら赤尾先生か西園寺先生?でも私あんまり二人とも知らないんだよねぇ・・・・」

「赤尾先生はバレー部の顧問だから知ってる!そして赤尾先生は西園寺先生には絶対敬語を使うけど、西園寺先生はときたまぽろっとタメ語が出る!つまり西園寺先生のが上なのは明らか!よって正解は赤尾先生だ!!」


 名探偵のような口調でびしっと自信満々に言い放った凛だったが、クイズは予想を裏切ってきた。


『正解は・・・・ジャジン!!一年学年主任、高川先生です!高川先生は現在44歳、赤尾先生は現在49歳、西園寺先生は現在50歳とのことです!』

「うっそ!?高川先生44なの!?あれで!?」

「ちょっと凛・・・、失礼だから・・・」


 しかし凛と同じく高川先生はないと思っていた生徒が大半だったようで、中庭が驚きの声で埋めつくされていた。


「なんだよ姉ちゃん、一問目からはずしてんじゃねーか」

「はー!?これは前哨戦!練習!力試し!勝負はこっからだから!こっからはちゃんと全問正解するし!」

「とか言って全問不正解すんのが姉ちゃんだろ」

「くっそー!見てろよ海!!」


 和気あいあいとした感じでクイズを解きながら時間を過ごし、気づけばもう一時間ほど過ぎていた。

 ちなみにまさかまさかで本当に凜は全問不正解をたたき出していた。
 クイズが難しすぎるのか、はたまた凜がノーコンすぎるのか・・・。

 しかしクイズ大会が終わったあたりで急に凜の携帯が震えた。


「ん?・・・・野村先輩からだ・・・」


 凜は通知を開いたとたん、ばっと立ち上がった。


「やばいトラブル発生!」

「どうしたの?」

「屋台がぶっ壊れた!!」

「え、壊れた・・・?」

「そう!とりあえずヘルプ行ってくるわ!後でラインするから好きにまわっててー!!」


 凜はそれだけ言い残して慌てて去っていった。
 私は海くんとふたり、唖然として取り残される。


「・・・バレー部の出し物大丈夫かな・・・」

「・・・まあ姉ちゃんがいればなんとかなるから大丈夫、だと、思います・・・」

「えー、いくら凜でも屋台の修復は凜一人の力じゃどうにもなんないしなぁ・・・」

「それはそうですけど・・・・、姉ちゃんってなんともなんないことも大体なんとかしてきたから。たぶん、なんとかなります」


 まったく心配していなさそうにそう言ってのける海くん。

 この兄弟は本当にこういうところが憎めない。
 いつも喧嘩ばかりのくせに、なんだかんだ信頼しあってるところ。

 喧嘩するほどなんとやらってやつかもしれない。


「ふふっ、海くんも凜も、案外素直じゃないよねぇ」

「・・・・俺はともかく、姉ちゃんはむしろ言葉を選ばなすぎなぐらいです。もっと遠慮とか気づかいってもんを知ってほしいです」


 でも凜のそういうところも嫌いじゃないでしょ?と茶化そうかと思ったけどやめておいた。
 絶対素直に認めはしないだろうから。


「凜は好きに回っててって言ってたけどどうする?行きたいところある?」

「えっと・・・・いや、あの、姉ちゃんに振り回されてもう結構回ったし、俺は満足、です」

「そうだよね。結構歩いたしもうしばらく回らずに休憩してようか」

「あっ、はい」


 中庭ではクイズ大会が終了し、次のステージに向けた準備が進められており、つかの間の静かな時間が流れていた。


「なんか、同じ教室に海くんがいるの、変な感じ」

「っ!」


 海くんは小さく頬を赤らめ、うつむいた。

「お、俺・・・・俺も、あかりさんが同じ教室にいるの、変な感じ、します・・・」

「ふふっ、だよね」

「で、でも・・・・嬉しい、です」


 ちょっとだけ上目遣いで私をうかがって、海くんはそう言った。


「なんか・・・あかりさんと同級生になれたみたいで」

「確かに。でもたぶん海くんが同級生だったら海くんとはこんなに仲良くなってない気がする」

「な、なんでですか・・・・?」

「海くんは知らないだろうけど、つい最近まで私、凛以外のクラスメイトとほとんど関わってこなかったの。吸血鬼の末裔ってバレるのが怖かったから・・・」

「・・・・」

「だから、私と海くんがこうして仲良くなれたのって、今の関係だからだと思うの。これってちょっとした奇跡じゃない?」

「・・・・うん」


 海くんが瞳が一瞬きらめいて、私をとらえた。
 そして、何かを決心したように小さく息を吸った。


「あかりさん、俺、こうやってあかりさんと仲良くなれて、ほんと、もう心の底から嬉しいです」

「あはは、急に大げさだなぁ」

「大げさじゃなくて、俺はほんとに、あかりさんのことが—————」


 海くんの話を遮るように、突然大きな効果音が鳴り響いた。
 そして直後、マイク越しによく知った声が響き渡った。


『女子のみんなお待たせー!』

「「「きゃーーーーー!!」」」


 突然阿鼻叫喚といってもいいほどの黄色歓声が中庭から突き抜けてきた。


「なっ・・・・えっ!?なん・・・・」


 何かを言いかけていた海くんも、ぎょっとして中庭に目を向ける。


「この声は・・・・」


 私はなんとなく思い当たる節を覚えつつ、海くんに続いて窓の外をのぞきこんだ。


「やっぱり・・・・」

「あれって・・・・確か、夏祭りの」


 中庭のステージには黄色い歓声を一心にうけて瀬名くんが立っていた。


『青葉高学園祭も残すとこあと数時間だからさ、テンションあげてこーぜー!』

「「「きゃーーーーー!!!」」」


 アイドルのライブかと突っ込みたくなる盛り上がりようだ・・・・。


『ここからはー!視聴者参加型カラオケ大会を始めるよー!自薦も他薦もおっけー!みんなじゃんじゃん飛び込み参加してほしいなー!じゃあ参加希望者は手ぇ挙げて!』


 しかしやはりトップバッターは嫌煙されるのか、なかなか手があがらない。


『えー?みんな謙虚すぎじゃんかー!じゃー俺が歌っちゃおー!今なら俺とデュエットできるけどどーお?』

「「「きゃーーー!!」」」


 遠目から見ていてもわかるくらい一斉にみんなが手をあげだした。


『えー!?多くて困るなー!じゃーあ、誕生日が9月の人!』

「「きゃーーーー!!」」

『まだ結構残ってるねー!じゃーあ、誕生日が9月で・・・そうだなー、今年の初詣で大吉引いた人ー!』

「きゃーーー!!」

『お、ちょうど一人じゃん。おいで!なんて名前?』


 瀬名くんは残った一人をステージに呼ぶと、名前と学年を聞いて、有名なアニメ映画のデュエット曲を選曲した。

 瀬名くんはお世辞にもすごくうまいというわけではなかったけど、おそるおそるって感じで歌う女の子をリードするように、時折アイコンタクトを交わしながら楽しげに歌いきった。


「あははっ、瀬名くんらしいなぁ」


 あんなにめんどくさがってた割に、得意の王子様モードで会場を沸かしてしまう瀬名くんに、思わず笑いがこぼれた。
 すると、くいっと海くんが私のすそを引っ張った。


「・・・・あかりさん」

「ん?」

「あいつのこと・・・・どう思ってるんですか?」

「あいつって・・・・瀬名くんのこと?」


 海くんが無言でこくんとうなずいた。


「どう、どうって・・・・それは・・・・」


 友達、って言おうとして止まる。

 なんとなく自分でも思っていた。
 胸を張って友達って言えるのが凛と瀬名くんしかいなかったときには、思いもしなかったこと。
 友達が増えて、いろんな性格のクラスメイトと関わっていて、思ったこと。

 新しくできたたくさんの友達がいるけれど、その誰に対しても感じないような居心地のよさが、瀬名くんにはあるって。


「・・・・・」


 考えこみそうになったが、海くんがじっと私の返答を待っているのに気づいてあわてて答えた。


「瀬名くんは・・・そうだなぁ、友達、だよ」

「・・・・そう、ですか」


 わずかな沈黙が、教室を包む。

 私が中庭に視線を戻そうとしたタイミングで、また海くんが口を開いた。


「・・・・・じゃあ、俺は?」

「・・・・え?」

「俺のこと・・・・、どう、思ってますか?」


 海くんの声は、震えていた。


「海くんは凛の弟だけど、私は勝手に私の弟みたいに思ってるんだぁ。私、兄弟いないからさ、ほんとの弟じゃないけど、弟がいたらこんな感じかなぁって、ずっと思ってたの」

「・・・・・」

「だからかなぁ、いつもつい甘やかしたくなっちゃってさ、凛に怒られちゃうんだよねぇ。「あかりってば海を甘やかしすぎ!」って。あ、今の凛の真似似てなかった?でも弟ってさ、ついかわいがりたくなるし守りたくなるものだもん」


 海くんは顔を伏せた。


「・・・・・あかりさん」

「ん?」

「俺さ、俺・・・・・・」


 海くんは震える声で、ためらいながらも続けた。


「ホラー映画、もう5年前から一人で見れるようになったし」

「え、そうなの!?」

「最近、ちゃんと家事だって練習してます」

「そうなの!?」

「身長は姉ちゃんより7センチ高いし」

「大きくなったねぇ」

「あと・・・・あと、あかりさんが辛いって言ってたあの近くのラーメン屋の担々麺、余裕で食えます」

「すごい・・・!」


 海くんは急にいろいろと挙げ連ねたかと思うと、顔をあげた。
 その表情が・・・・どことなく、切なそうで。


「俺・・・・っ、もうあかりさんが思ってるほど子供じゃないよ・・・・!」

「!」

「もう守ってもらわなくていいし、もう弟って思わなくていいです・・・・」

「え・・・・・」


 海くんの言葉に頭を殴られたみたいな衝撃をうけた。

 さっきの私の言葉、不快だったのだろうか。


「ご、ごめん・・・・これからは子供扱いしないって約束する。海くんのこと嫌な気持ちにさせたかったわけじゃなくて・・・・ただ、その、いっしょにいて安心できるから、家族みたいだなぁって、それで弟って例えただけなの」

「・・・・俺は」


 海くんの目が、じっと私をとらえた。


「俺は、あかりさんのことお姉ちゃんなんて思ったことないです」

「え・・・・」

「俺にとってはずっと・・・・」


 海くんが唇をぎゅっと噛んだあと、意を決したように口を開いた。
 その頬は、夕日に照らされて、赤らんでいた。


「ずっと・・・・初恋の人です」

「・・・え?」


 無意識に、喉が震えた。

 初恋の・・・人?
 それってつまり・・・、


「わ、・・・たし、のこと・・・好き、なの・・・?」


 海くんはこくんと頷いた。


「・・・今まで、幼馴染って関係に甘えててすみませんでした。俺、あかりさんの世話焼きなとこも、愛情深いとこも、笑ってる顔も、楽しそうな声も、ぜんぶ好きです」

「・・・・!」

「だから・・・ちゃんと、俺のこと見てください。凛の弟としてじゃなくて・・・天野 海として、見てください」

「あ・・・えぇっと・・・」


 突然すぎる告白に戸惑う私。
 もちろん海くんがそう望むのなら応えてあげたい。けど私の中に海くんへの気持ちがないなら、期待させるようなことを言いたくない。

 私にとって、海くんって・・・・。

 考えこむ私に、海くんが口を開いた。


「・・・急にこんなこと言ってすみませんでした。あかりさんにとっての俺が、ただの弟みたいな存在ってことはよくわかってます。だけど弟みたいな存在だからって理由で告白断られんのは嫌です」

「・・・・うん」

「だから・・・学園祭終わったら・・・一回、あの・・・」


 海くんが緊張したように一呼吸おく。


「一回・・・・っ、デ、デート、してください」

「!」


 私にとっての海くんがどんな存在が計りかねている今、安易デートを引き受けたくはなかった。
 でも海くんはまっすぐな瞳で私を見つめてきた。


「それでだめなら諦めます。日にちも場所も、あかりさんに合わせます。それでも、だめですか?」

「えっと・・・・」


 ここで安易にデートを引き受けるのは自分勝手かもしれない。
 それでも・・・・私自身も知りたい。
 私にとって海くんがどんな存在か。


「・・・わ、わかった・・・。デート、行く」

「!ほっ、ほんとですか!?」

「けど・・・・あの、ちょっとだけ整理する時間がほしい・・・です」

「わかってます、急に告白したから。今日のところはもう帰ります」


 海くんはそれだけ言って私の前から離れた。
 そのまま教室から出ていくかと思いきや、扉を出る直前に振り返った。


「あの・・・デート、やっぱやめるとかなしですから。俺・・・・俺っ、人生で一番楽しみにしてるんで・・・!」

「・・・・う、うん」

「そ、それだけです。さよなら・・・!」


 言い終わって顔を真っ赤にしたかと思うと、海くんは逃げるように行ってしまった。