4日目が始まった。


 今日の全体の予定は、ステージでは観客参加型のイベントをしており、並行して教室ではクラス出し物も行われる予定。

 今日の私は基本的に暇なので、ときどきクラスのほうに顔を出しつつ、前半を瀬名くんと、後半を凜とまわる予定。


「ねえあかりちゃん、いいこと思いついたんだけど」


 私の隣の着ぐるみがそう言いだした。


「何?いいことって」

「俺せめて一回はまともな姿であかりちゃんと文化祭まわりたいと思ってたんだけどさー」


 まあ確かに、私もできることならうさぎの着ぐるみよりまともな姿の瀬名くんでまわれるならそうしたものだ。
 できることなら。


「けど普通の姿でまわるのはさすがに無理なんじゃない?」

「そ、だからまあ普通ではないよね」

「・・・・?」


 そう言って瀬名くんに連れていかれたのは、私たちの教室だった。


「おーい、コスプレ衣装一つ借りてもいいー?」


 瀬名くんは海賊の衣装を一つ手に取り、すぐさま着替えて出てきた。

 眼帯に海賊帽子、それに極太ベルトと黒いマント。
 なんて様になる・・・・。


「どう?」

「に、似合ってる・・・」

「あはは、ちょっと照れてるじゃん」


 瀬名くんの整った容姿にはさすがに慣れてきたけど、衣装が変わると雰囲気がガラッと変わって急に緊張してくる。


「・・・でもそれ、逆に目立つんじゃない?」

「そう思ってこれ」


 瀬名くんが出してきたのは急ごしらえって感じがまるわかりの、二枚の簡単な看板だった。

 かわいいフォントで、『宣伝中!話しかけないでね!』と書いてあるものと『一年二組!フォトスポット!!コスプレや映えスポットで思い出の一枚を!』と書いてあるもの。


「これって・・・・」

「先輩方のクラスでさ、こんな感じでコスプレで宣伝してまわってるのを昨日見かけたから、俺らのクラスも取り入れてみようかなーって」

「なるほど・・・いいね・・・!」

「ついでにまあ宣伝を装ってあかりちゃんとデートね。これならいっしょにまわっても変に思われないでしょー?」


 確かに、これなら私と瀬名くんがいっしょにいても、仕事としていっしょにいる感じがして違和感がない気がする。


「じゃあ行こうか」


 海賊姿の瀬名くんはやはりとてつもなく手をひくようで、歩くたび、そこここから黄色い歓声が上がった。

 ただ看板のおかげかむやみに話しかけてられることはなく、平穏に校内をまわることができた。


「あ、あの子たち自撮りしてる・・・、話しかけてみる?」

「そうしよ、俺行くね」


 基本的には好きに校内を歩きつつ、自撮りしている人がいたら話しかけて出し物に来ないか誘ってみる。

 瀬名くんが話しかけた女の子はすべて見事に出し物に行ってくれるのですごい宣伝効果だったと思う。


「あ、ていうか一個俺行きたいとこあるんだけどいい?」

「いいけど・・・どこ?」

「仲いい友達のクラスがカフェやるみたいだから冷やかしに行こうかなーって。そろそろシフト入ったはず」


 そう瀬名くんが言うのを聞いて、私は少し驚いた。


「珍しいね、瀬名くんが自分からそんなこと言うなんて」

「そう?」

「うん、だって瀬名くんなら友達多いから、友達のクラス出し物に行こうと思うと全クラスまわらないといけないでしょ?だから普段は具体的にどこ行きたいとか言わないじゃん、それが今こうやって言ったってことはかなり仲がいい子なんだなって」

「えー、あかりちゃん俺のこと理解しすぎじゃないー?」


 瀬名くんは満更でもなさそうにそう言った。


「ま、でもそうだね。俺にとっての唯一の親友かな。だからいずれあかりちゃんとも会わせたいなって思ってたんだー」

「瀬名くんの親友かー、どんな人か気になる」


 話しながら階段をのぼる。
 どうやら目的地は三階・・・・三年生のようだ。

 そのままずんずん進んでいく瀬名くんに続いて歩いていると、瀬名くんは三年二組の前で足を止めた。


(看板がある・・・・『萌え萌えきゅるんっ!メイド喫茶すりー♡つー!』・・・)


 そちらに気を取られている私の耳に、聞き覚えのある声が飛び込んできた。


「げっ・・・!涼我・・・・!!」


 この声って・・・・、と思い振り向くと声の主とばっちり目が合った。


「そ、それに九鬼さん・・・・」


 私と瀬名くんの目の前には、かわいいメイドさん、もといチカさんが立っていた。

 チカさんは裾が長く、ふんだんにふりふりとレースを用いたメイド服を着ていた。それに、猫耳カチューシャも。
 今まで体操服姿とボーイッシュな服装しか目にしてこなかっただけに、そのかわいらしさと言ったら例えようもなかった。


「す、すごくかわいいですチカさ―――――――」

「ふっ・・・!あははっ!!まさかのきょーちゃんメイド側なの!?」


 私の感動をさえぎるように、なぜか隣の瀬名くんが大笑いし始めた。え、なんで・・・・?


「笑うなよこのくそ野郎が・・・!こっちだってしたくてしてるわけじゃない、むしろ許されるなら今すぐビリビリに破り捨てたいくらいなんだぞ・・・!!」

「そ、そんなこと言われたって・・・くっ、あははっ!無理、まじやばい・・・・!」


 よくわからないけどここはチカさんの味方になるべきな気がする。
 普通に開口一番笑い出すなんて失礼すぎる。こんなに似合ってるのに。


「ちょ、だめだよ瀬名くん、そんなに笑ったら。こんなに似合ってるんだよ?いくら普段来てる服とテイストが違うからって失礼でしょ、チカさんは女の子なんだからね?」

「いやそうは言ったって面白すぎて・・・・・・・・・・ん?」


 私の方を見て怪訝な顔をする瀬名くん。と、なぜか頬に一筋の冷や汗が流れるチカさん。


「女?」


 チカさんから、表情が消えた。


「きょーちゃんは・・・男だよ・・・?」

「はぇ・・・・?」













「いや本当に申し訳なかった・・・!!」


 私の目の前で、メイド服姿のチカさんが深々と頭を下げた。

 今は三年二組のカフェの中で、瀬名くんとチカさんとテーブルを囲んでいる。
 チカさんはあとで休んだ時間の倍働くことを約束して、今だけ特別にシフトを抜けてさせてもらったそうだ。


「いっ、いえっ!もとはと言えば私が女性だと勘違いしたのが始まりですし・・・!!」

「いやそれはしょーがないよー、あかりちゃん。誰だって初見はきょーちゃんのこと女だって思うでしょ、この見た目じゃ。大事なのはなんで男だって隠してたかじゃん」


 チカさんは一瞬渋い顔をしたが、一つ大きなため息をついて、ことの顛末を話してくれた。


「涼我からちょっと九鬼さんの話を聞いて・・・結構親しいみたいだったからどんな子なのか探りをいれようと・・・」

「はあ?俺が親しくしてるから探り入れるって・・・・意味わかんないし」

「ほらそういうこと言うだろ。どうせおせっかいって言われると思ったから涼我には秘密にしてたんだよ・・・・。女ってことにすれば、万が一九鬼さんから涼我に俺のことが漏れても、涼我は俺って気づかないだろ?」

「まあ実際気がつかなかったしねー、黒髪ベリーショートの美人って誰だよって思ってたもん」


 と、まあこういうことだったらしく。

 私はいまだチカさんが男だなんて信じられない。
 こんなにかわいらしい見た目と澄んだ高い声をしているのに・・・!

 っていうかチカなんて、名前からして女の子っぽい。
 名は体を表すってやつだろうか。


「えっと・・・・じゃあほんとは・・・チカくん・・・ってことですか?」

「いや本名は京極 力(きょうごく ちから)だ。そのままだとあまりにも男らしすぎるかと思って・・・チカ、と名乗ったんだ、すまない・・・・」

「ちからさん!なるほど、それでチカって・・・」


 にしても京極 力ってすごく強そうだ。
 ヤクザって言われても通用しそうなくらいの強い名前。


「確かに女性にしては筋力すごいなとは思ってましたけど・・・・そういうことだったんですね、ちか・・・・らさん」

「いや本当にだましていて申し訳なかった」


 またまた謝って頭を下げてくるちか・・・らさん。
 だめだまだ慣れない・・・。


「とりあえず俺はシフトに戻らないといけないから、あとは二人で楽しんでくれ」

「おー、がんばってねー、きょーちゃん」


 もうちからさんのメイド姿には飽きたのか、メニューに関心をうつす瀬名くん。

 けどちからさんはその瀬名くんをちらっと見たあと、私に小声で話しかけてきた。


「文化祭のあとでいいんだが、話したいことがある。二人で会えないか?」

「?・・・はい、構いませんけど・・・」

「ありがとう。また連絡する」


 そう言い残して、ちからさんはついたての奥に消えていった。

 そのあと瀬名くんはサンドイッチを、私はレモンティーを頼んで、ひとしきり堪能した末に三年二組を出た。


「そろそろあかりちゃんは凜ちゃんと合流するんだっけ?」

「うん、凜もシフトあと数分で終わりみたいだから。瀬名くんはこのあと外せない予定があるって言ってたけど何があるの?」

「んー?それはまだ内緒ー」


 瀬名くんは人差し指を唇にあてると、わざとらしくウィンクをしてきた。


「はいはい、まあ何するか知らないけどせいぜいがんばって」

「冷たっ!内緒って言われて気になんないわけー?」

「どうせ聞いたって答えてくれないでしょ?」

「まあそうそうだけど、ヒントくらいはあげるよ」

「ヒント?」


 私たちの教室についたので衣装を返す。
 宣伝効果で一時かなりのお客さんが訪れたようで、シフトの人がうれしい悲鳴をあげていた。


「ヒントは、中庭においで」


 ヒントなのか招待なのかわからないようなことを言ってにっこり笑うと、瀬名くんはじゃあね、と立ち去って行った。

 たぶん中庭で何かやっているということは明らかだったけど、せっかくなので行ってみよう。

 そのあと凜と合流し、中庭に出た。


「うわっ!人すごっ!!」

「ほんとだ・・・これから何が始まるんだろう・・・?」


 凜と並んでステージが見える位置に立つと、司会の人が見えた。けど瀬名くんではない。


(てっきり司会進行係の仕事なのかと思ったけど・・・違うのか)


 そう思った次の瞬間、司会の言葉で、瀬名くんの用事が何なのかすぐに悟った。


『ただいまより!皆さんお待ちかね―――――南高ミス・ミスターコンクールを開催しまーす!!』


 司会の人の説明によると、事前の生徒投票の結果をもとにしているとのこと。
 そういえばクラスのグループから投票リンクが回ってきたけど、投票するかは自由だったので私は結局票を入れずじまいだった。


『まずはミスターコン!三位―――――三年二組、京極 力!』


 黄色い歓声につつまれながら、ちからさんが登壇した。


「えっ、あの人あかりの知り合いって言ってた人じゃん!!っていうかまず女だったの!?」

「あはは・・・、私もさっき知った・・・・」

『続いて二位――――――三年五組、青山 春樹!』


 二位は知らない三年生の先輩。

 凜が部活の先輩から聞いた話では、だいたいミス・ミスターコンは三年生がメインなんだとか。
 三年生は一年生に比べて、同学年の中に知り合いが多いので票が集まりやすいのではないかとのことだった。

 けどたぶん、そんな三年生を差し置いて、一位は三年じゃない。


『一位は――――――一年二組、瀬名 涼我!!』


 さっきとは比べ物にならないほどの歓声につつまれながら瀬名くんが登壇した。


「うわぁ・・・・さすが、瀬名くんは一年生で一位になるだけあってすごい歓声だね・・・」

「まあわかりきってたことじゃん?私も瀬名くんに入れたしー」

「えっ、凜も瀬名くんに入れたの!?」

「うん、あったりまえ!」


 司会の人は選ばれた三人に順にマイクを向けていく。

 ちからさんも、二位の先輩も、投票ありがとうございました、と無難にしめくくった。


『では一位の瀬名 涼我さん!何か一言お願いします!』

『んー・・・・、俺を選んでくれたみんな、だーいすき!』


 そう言ってさわやかに笑うと、ステージ下にいた女の子たちがもう悲鳴に近いほどの歓声をあげた。


「瀬名くんはほんと・・・・魔性の男だね・・・」

「そうだね・・・・」


 凜と二人して遠い目をしながら、降壇していく三人を見つめるほかなかった・・・。

 ちなみにその後のミスコンでは例年通り三年生から三人選出された。
 けどまさかの三位にちからさんが選出され、ちからさんはミスターコン・ミスコン両方入賞という異例すぎる功績を残した。

 ミスターコンでは当たり障りのないコメントをしていたちからさんだったけど、ミスコンでは「よく聞け投票したやつ!!俺は男だ!!!!」という魂の叫びを残した。


 こうして、ミス・ミスターコンは異例の結果を残して終了し、無事4日目が幕を閉じた。