三日目が始まった。


 今日の全体の予定は、体育館ステージでは縦割り対抗の演劇が、中庭ステージでは有志による自由発表が行われている。
 それと並行して今日はクラスの出し物がある。

 今日の私は昨日とは一転大忙しだ。
 クラスの方のシフトも入っているし、ちょい役とはいえど演劇にも出なければいけない。


「クラス出し物の順位は、来客・教員審査・生徒評価によって決まります!みんな、今日から3日間、力を合わせてがんばりましょー!」


 朝、学級委員がみんなの前でそう高らかに宣言して、三日目が幕を開けた。

 私は凜としばらく他クラスをまわったあと、シフトに入った。


「九鬼シフト入りまーす・・・!」

「はーい、助かるあかりちゃーん」


 私の前のシフトの春ちゃんがひょこっと顔を見せてきた。


「あかりちゃんは流れ把握してると思うけど一応引継ぎするねぇ」


 シフトに入るのは基本4人。

 入口で、来た人におおまかにどういうアイテムがあってそれぞれどこに置いてあるのかを説明する人1人。
 そして教室内で写真の撮影係を務めつつ、要望があれば個数限定の映えスイーツを用意する人3人。

 私は後者なので、教室内で待機。

 他撮り希望の人は撮影準備が終わって手をあげればクラスの人が写真を撮るシステム。
 だから待機組は教室中を常に気にしておかなければならない。


「じゃあ撮りまーす、3、2、1、0!・・・・はい、撮れましたー!写り確認してもらえますかー?」

「はーい。あ、大丈夫です!」

「はい、ありがとうございました。チェキで撮影するとデコもできますがいかがですか?」

「え、やりたい!!」


 チェキで撮影し、着替え終わったらデコレーションブースへ。

 そのあと評価シートを回収。


「あかりちゃーん!こっち手が離せないから撮影おねがい!!」

「はいっ!今向かうー!!」


 フォトスポットだからカフェとかと比べて当日はそこまでやることないかな、なんて思っていた初期の自分をぼこぼこにしたいほど忙しかった。

 そして忙しさのあまり体感半分くらいの時間でシフトは終了した。


 でもおちおち休んでもいられない。

 演劇の出番まではまだ2時間ほどあるけど、最終合わせがあるのでもう向かわなくては。


「失礼します・・・!」

「おつかれー、あかりちゃん」

「おつかれ瀬名くん、まだ合わせ始まってないよね・・・!?」

「まだ大丈夫」

「よかった・・・・」


 もうすでに瀬名くんは着替え終わっていて、白いコートを改造して作ったタキシードに身を包んでいた。


「私も着替えてくる・・・っ!」

「あ、待って待って一個忘れてるよ」

「え?何を?」

「俺のタキシード姿への感想」


 こんなときまでからかってくるか。


「はいはい、かっこいいかっこいい!!」

「ざっつ!!」


 瀬名くんのツッコミと笑い声を背に受けながら、着替えスペースに入る。


「あ、あかりちゃん、これ服、これ頭にのせるやつ」


 同じクラスで演劇を選んでいる桜ちゃんから衣装を受け取る。

 ドレスはロングワンピースを改造したもの、頭の上の飾りはただのレース。これをピンで留めてそれらしくしろとのご指示だった。

 いそいでえせドレスを着て、それらしいレースのつけ方に苦戦しつつもどうにか着替え終わる。


「あ、あかりちゃん。着替え終わったんだ――――――――」


 振り向いた瀬名くんがわざとらしく目を見開く。


「こ、これがあのあかりちゃん・・・!?なんて美しい、天使かと思ったよ!こんな天使と結婚できるなんて俺は幸せものだと―――――」

「余計な茶番はいらないから」

「あはは、つれないなぁ」


 いくらなんでもこの簡素なドレス姿にその反応はわざとらしすぎる。
 ていうか実際のウエディングドレスを着ていたとしてもわざとらしいくらいだけど。


「でも綺麗だなって思ってるのはほんとだよ?」

「はいはい。わかったって」

「えー、ほんとなのにー。ていうかこういうの大事じゃない?ほら、役に入り込む的な」

「どこの実力派俳優なのさ瀬名くんは」


 まあでも言いたいことは納得できないでもない。

 たかが端役、されど端役。
 私にできることがあるなら、できる限りやっておきたい。

 そう思って私は瀬名くんの方を向く。


「私もあなたの妻に慣れて幸せ者だわ」

「・・・・・」


 なぜかさっきまでノリノリだった瀬名くんが黙ってしまった。

 一人にされた側の気持ちを始めて味わった。こんな気持ちだったのか、ごめん数分前の瀬名くん・・・。


「急にのってこないで。ドキッとして固まっちゃう」

「あはは、私ももう夫婦になるというのにあなたにドキドキしっぱなしですわ」

「何気にまだ続けてんじゃん。っていうかそんなしゃべり方じゃないんじゃない?妹は」

「え、そうかなぁ、小説チックでそれらしくない?」

「いやでもなんか貴族みが強くない?メロスの家はただの庶民っぽいからさー」

「あー、だとすると・・・・」


 なぜかしばらく二人で妹のしゃべり口調で盛り上がっていると、合わせが始まったのであわてて参加する。

 合わせは一時間ほどで終了し、そのまま舞台袖へ移動。

 私と瀬名くんは同時に出番が来ることもあって、並んで待機。
 何事もだけど、こういうのってやってる瞬間より、やる前の方が緊張がすごい気がする。


「緊張するよぉ、桜ちゃん・・・・!」

「まあがんばって。劇とはいえせっかく瀬名くんの妻になるんだから楽しんできたら?」

「うっ・・・・逆にプレッシャーになるようなこと言わないでよ・・・・」


 そうこうしているうちに舞台が始まった。

 最初はナレーション。
 よく聞く、「メロスは激怒した。」から始まるあの一連のフレーズ。

 ナレーション後、メロスは老爺から話を聞き、そして王のいる城に乗り込んだ。
 王に話をつけ、セリヌンティウスと握手を交わしたメロスは、客席を向いて独白する。


「さあ!村に帰って結婚式をあげねば!結婚式は明後日!そして私はわが友に誓ってここへ戻ってくるのだ!!」


 そのセリフとともに暗転。

 ここからが結婚式のシーンだ。
 舞台に段ボールに描かれたメロスの家が設置され、村の人々が並んでいく。


 さあ出番だ!


 私と瀬名くんがそれぞれ両端の舞台袖から登場する。
 スポットライトを浴びながら歩いている間、少しづつ瀬名くんとの距離が縮まっていく。

 そして舞台中央で向かい合う。


「あかりちゃん、とっても綺麗だよ」


 瀬名くんは私にしか聞こえないくらいの声量でそうささやいて、すっと手を差し伸べてきた。
 その手をとってほほ笑む私。

 手を取った瞬間舞台全体が明るくなって、村人役のみんなが拍手につつまれる。

 メロス役の先輩が私と瀬名くんのもとに近づいてきた。


「おめでとう。私は疲れてしまったから、ちょっとごめんこうむって眠りたい。眼が覚めたら、すぐに市に出かける。大切な用があるのだ。私がいなくても、もうおまえには優しい亭主があるのだから、決して寂しい事は無い」


 私は兄のメロスを見つめてうなずく。


「私の家の宝といっては、妹と羊だけだ。他には、何も無い。全部あげよう。もう一つ、メロスの弟になったことを誇ってくれ」


 今度は瀬名くんがメロスを見つめてうなずく。
 メロスはまた客席を向く。


「あすの日没までには、まだ十分の時が在る。ちょっと一眠りして、それからすぐに出発しよう」


 そういって舞台は暗転した。

 こうして私たちの出番は無事終了した。
 その後の舞台もつつがなく進んだ。
 途中メロス役の先輩が長台詞でセリフを飛ばしてしまったが、とっさの機転でアドリブを利かせて乗り越えた。さすが、演劇部の三年なだけある。


 舞台はクライマックス。
 王がメロスに向かって話しかける。


「おまえらの望みは叶ったぞ。おまえらは、わしの心に勝ったのだ。信実とは、決して空虚な妄想ではなかった。どうか、わしをも仲間に入れてくれまいか。どうか、わしの願いを聞き入れて、おまえらの仲間の一人にしてほしい」


 王がそう言って舞台はまた暗転した。


「行こ瀬名くん、カーテンコールだ」


 最後は舞台役者も裏方も、みんなが舞台に並んで、「王様万歳!」と叫んだ。

 そしてみんなそろってお辞儀をした。
 客席が、拍手につつまれる。

 お辞儀をしたまま幕が完全におりきるのを待っていると、隣で同じように頭を下げたまま瀬名くんが小さな声で話しかけてきた。


「あかりちゃん」

「ん?」

「俺、君と出会えてよかったって、今ふと思った」

「何急に。まさかまだ役に入ってるの?」

「違うよ、これは俺の本心」


 下を向いているから瀬名くんの表情はわからないけど、からかいやおふざけで言っているわけでないことは、声を聞いただけでわかった。
 だから私は、幕が下り切った瞬間に頭を上げ、隣に立つ瀬名くんをみすえてこう言ったんだ。


「私も」


 舞台と同時に、文化祭三日目も、無事幕を閉じた。