まだまだ文化祭期間にもかかわらず、その日の私は教室に顔を出してなかった。

 なぜなら、今日は係の集まりがあるから。


「じゃあ来た人から前にあるプリントとって適当に座ってくださーい」


 指示の通り、プリントをとって空いた席を探す。

 ぎりぎりまでクラスの作業を手伝っていたせいで、完全に席の空いた机が見つからない。
 どこかで相席するしかなさそうだ。

 どこに座ろうか迷っていた私を、凛々しい声が呼び止めた。


「九鬼さん」


 振り返ると、チカさんが自分の隣の席をさししめしていた。


「ここどうぞ」

「あっ!ありがとうございます・・・!!」


 いそいそと勧められた席に腰かける。


「チカさんもステージ設営係だったんですね」

「ああ、ほんとはもっと楽なのが良かったんだがな、じゃんけんで負けた。もしかして九鬼さんもか?」

「私は被りが嫌だったので最初からこれ選んでたんですよ。ちなみに瀬名くんもじゃんけんで負けて司会進行になってました」

「うわっ・・・運ないなー、あいつ・・・」


 チカさんの反応を見るに、やはり結構めんどくさい係みたい。
 まあ名前からして、私なら絶対無理って感じの係だ。

 そこでチカさんが体操服を着ていることに気づく。


「チカさんは文化祭準備の時体操服着てるんですね、私もそうしようかなぁ・・・」

「ん、ああ・・・、これな・・・。ほんと、今日は来ておいてよかったと思ったな・・・・」

 私をみつめてしみじみとそんなことを言うのはなぜだろう。

 ついさっき何かこぼしたりでもしたんだろうか・・・・?


「チカさんは何組なんですか?」

「お・・・・私は三年二組。九鬼さんは?」

「あ、私も二組です。ちなみに演劇です」

「あー・・・、そうか、お・・私は残念ながらダンスだ」


 ダンスを踊るチカさん・・・絶対に様になる。


「チカさんのダンス楽しみにしてますね」

「いやほんと練習時間なさすぎるから期待しないでくれ・・・」


 そう言ってチカさんは困った感じで眉をひそめた。
 

「まあほんと忙しいですもんねぇ・・・・」

「忙しいよな・・・、しかもクラスの出し物のまとめ役みたいになってしまってるのもあってな・・・」

「あー、瀬名くんも同じような立ち位置にいるんですよね」

「あいつことごとく忙しい役やってるじゃないか・・・。まとめ役になると途中から朝も早く出てこないといけなくなるから覚悟しとけって伝えておいた方がいいぞ」

「わかりました、言っておきますね」

「あ、お・・・私からって言うのは伏せてな?」

「もちろんそのつもりですよ」


 他愛もない話をしていると、係のリーダーの話が始まった。

 具体的な仕事内容や注意事項をきいた後、いくつかあるステージのうちのどれを誰が担当するかを話し合う。

 私はどこがいいのかわからず、チカさんに勧められた場所の担当になった。


「ここの中庭のステージは毎回簡素なものだからここがいいと思う」


 とのことだった。

 無事チカさんも私も中庭ステージの担当になり、その日の話し合いは幕を閉じた。


 話し合いが終わって、今すぐ教室に顔を出したいところだけど、実は今日は演劇の集会もあるのだ。
 係の集会があって遅れることは伝えているけど、急いで向かわなければいけない。

 チカさんと別れ、大急ぎでそちらに向かう。


「お、遅れてすみません・・・・」


 おそるおそる教室に入ると、教室の一角に瀬名くんを含む同じクラスの面々が固まっていることに気づく。


「あかりちゃんこっち・・・!」


 手招いてくれた桜ちゃんに従うようにそちらへ向かい、空いた席に適当に座る。

 すると斜め前に座っていた瀬名くんが振り返ってきた。


「あかりちゃん、やばいかも」

「何が?」

「もう裏方埋まってる」

「・・・・えっ・・・!?」


 あわてて教室の前を見ると、裏方は30人中たったの10人しか割り振られていないようだった。


「えー・・・・どうしよう・・・・」


 もう今更かもしれないけど、できることなら目立ちたくないのは今も変わらない。

 とはいえもう裏方にまわるのは無理そうなので、できるだけ出番が少なくて序盤で終わるモブキャラを選ぶしかない。


「む、村の人にしようかな・・・・」

「村の人は大人気でもう埋まってるよー」

「うっ・・・・」


 それは困った。
 こうなるとどれを選ぶのがいいのかわからなくなってきた。


「ちなみにあかりちゃん、俺何にしたかわかる?」

「知らないよ・・・・、えっ、まさかメロス?」

「違う違う。俺そうしちゃうと忙しさで死ねるって」

「まあそうだよね・・・」


 となると脇役系か。
 でも村の人を選んでるとしたらさっき言い添える気がする。

 ってことは村じゃなくて王都の人か・・・?


「・・・・王都の人?」

「いや村の人演じる人がそのまま王都の人も演じるんだって」

「じゃあ違うか・・・・」


 悩む私を見て、にやっとした瀬名くんが正解を教えてくれた。


「妹の婿だよ」

「・・・・あぁ・・・」


 脇役と言えば脇役だし、一応役名が付いてるから主だった人物とも言えるし。
 なんでそんなとこ微妙な役チョイスしたんだと思うけど、それしかいいのがなかったという可能性もある。


「んでさ、あかりちゃん」

「何?」

「メロスの妹はまだ決まってないんだよねぇ」


 いたずらっ子みたいな笑みでそう言ってきて、やっと瀬名くんがその役を選んだ意味を理解する。

 たぶんこうやって私をからかうためだ・・・。


「・・・私やらないからね?」


 劇とは言えど瀬名くんと結婚式なんてあげたら目立つどころの騒ぎじゃない。


「えー?じゃあ何にするの?」


 物語のメインキャラクターは男ばかりなので(女がいたとしてもメインなんて私はしないけど・・・)、メロスの妹以外に選ぶならあとは、途中メロスを襲う山賊か、最後にマントを渡す少女。


「んー・・・、山賊がいいか・・・、少女がいいか・・・・」

「ちょ、その感じだと妹をやる気はゼロなんだね?」

「うん」


 瀬名くん不満げに唇を尖らせたが、少し考えてまた口を開いた。


「ねえあかりちゃん。俺、司会進行の係じゃん?」

「うん、そうだったね」

「なんの司会するか気にならない?」

「え、まあ気になるっちゃなるけど・・・何?」

「自由発表ステージの、飛び込み参加型カラオケ大会」

「へー・・・・え?」


 なんでこの話をここで振ってくるのか。

 嫌な予感がする・・・・。


「これ他薦もありなんだよねー」


 にやっとした瀬名くんの表情で察した。

 ようは妹役以外を選べばカラオケ大会に引きずり出すぞっていう・・・・。

 な、なんて性格の悪い・・・!


 思わずにらみつけたが、瀬名くんはいつも通り意にも介さない。

 役として瀬名くんと結婚式をあげるのははたから見てうらやましがる人はいても、しかたないよね、で終わる気がする。セリフもほとんどないし。
 一方で瀬名くんに推薦されてカラオケ大会に出るのは・・・・ちょっと想像したくもない。女子の視線がいたい。しかもその中で歌うって・・・・。


「・・・・わかったよ・・・・」


 こうして私は、自ら戦場に征く兵士のごとく、自ら瀬名くんの結婚相手という役に飛び込む羽目になったのだ・・・。


 文化祭まで、あと12日・・・。