[瀬名くんside]


 最近のあかりちゃんはよく笑う。
 なぜなら、友達が増えたから。

 文化祭準備が始まって、作業の時も、授業の合間も、凜ちゃん以外とも話すようになった。
 そうして隣でその笑顔を見てると、こっちまでうれしくなってくる。


 今もほら、少し離れた場所で何人かの女の子といっしょに作業をしながら、笑っている。


(楽しそうでよかった・・・・)


 できることなら文化祭期間中は俺の力で楽しませてあげたかったけど、あかりちゃんが楽しそうならよしとしよう。

 そんな風に考えながらあかりちゃんの方を見てると、視線に気づいたあかりちゃんと目が合う。
 そしてあかりちゃんが俺の方に近づいてくる。


「ね、瀬名くん」

「ん?」

「実は・・・、昨日演劇の集まりがあったらしいの・・・・」

「えっ!?」


 俺とあかりちゃんは縦割り対抗で二人とも演劇に所属しているけど、昨日は何も知らず二人ともクラスの集まりに参加していた。


「俺らやばいじゃん!サボりじゃん!!」

「そうなんだよねー・・・、でも桜ちゃんと恋葉(れんは)ちゃんが言うにはちゃんと連絡まわってなかったせいでほとんどの人が来てなかったって」

「あ、そうなんだ」


 桜ちゃんに恋葉ちゃん。
 どっちもついこの間までは、あかりちゃんと名字で呼びあっていたくらいの親しさだった子たち。


「しかもなんか昨日役決めしたらしくてさ・・・、裏方が埋まってたらどうしよう・・・・」

「まーそのときはそのときでしょ。ちなみになんの劇やるって?」

「走れメロス!」

「変わったところチョイスしてきたね・・・。っていうかあれ最後裸になんない?どうするつもりなんだろ・・・」

「それちょうど桜ちゃんたちとも話してたの・・・!」


 そのときの会話を思い出したのか、思わずといった感じふふっと笑うあかりちゃん。


「・・・・最近、いろんな子と仲よさそうだね」

「ん?うん、そうだね、今まで凜と瀬名くんとしか関わってなかったもんね、私。最近になっていろんな子と関わるようになって、毎日が新しいことだらけできらきらしてる」


 そう話すあかりちゃんの瞳は、本当にきらきらしていて。
 思わず見とれちゃうくらい綺麗だった。

 そんな瞳にしたのが俺じゃないのが少し寂しいけど、それは胸の内にしまっておこう。

 そんなことを考えていた俺に、あかりちゃんがそのキラキラした目を向けてきた。


「・・・・ありがとう、瀬名くん」

「え?」


 なんで俺?

 俺が困惑しているのがわかったのか、あかりちゃんが付け足す。


「瀬名くんがいなかったら、この文化祭も、たぶん目立たないようにって思って過ごして終わってた。瀬名くんが私を楽しませようって一生懸命だから、私もそれにこたえたいって思えたの。目立つとかそんなこと考えてる余裕もなくて、そんな風にしてるうちに気づいたら友達が増えて。だから今私がこうやって笑えてるのは、瀬名くんのおかげ」

「!」

「それになにより、私がこうして友達を増やせるのも、瀬名くんがあれ(・・)してくれるおかげだしね。一緒にいる人に万が一・・・・ってことがないから、安心して過ごせるんだ」


 確かに、吸血衝動が突然出たら、と思うと友達を作るのが怖くなってしまう気持ちは、想像に難くない。


「いつだったか、瀬名くんしか友達がいないから瀬名くんが一番の友達、みたいなこといったじゃない?友達が増えて、瀬名くんだけじゃなくなったけど、それでもやっぱり変わらならなかったよ。私をそこに導いてくれたのは紛れもなく瀬名くんなんだもん。だからやっぱり、瀬名くんが一番の友達。今もこれからも、そう思ってていい?」

「・・・・当たり前じゃん」


 あかりちゃんは俺の言葉を聞いて、心の底からうれしそうな顔で笑ってくれた。


「俺にとってもあかりちゃんは――――――」


 そう言いかけた時、作業をしてた子のうちの一人があかりちゃんを呼んだ。


「あかりちゃーん!パーツできたから問題ないか確認してー!!」

「あっ!うん!!」


 あかりちゃんは俺に、行ってくるね、と小さく言い添えて、そっちに飛んで行った。

 その様子を、どこかうれしさと、さみしさが混じったような心で見つめる俺。


「・・・・ね、瀬名くん」


 急にそんな俺に話しかけてきたのは、凜ちゃんだった。

 普段は部活でなかなか参加できない凜ちゃんも、今日は部活が休みでこっちに顔をだしているのだ。


「これから足りない資材の買い足しに行くけど荷物多そうだからいっしょに来てくれる?」

「うん、わかった」


 聞くと、なくなった色の絵具と木の板が何枚か。

 凜ちゃんの後に続いて教室を出る。


「木の板と絵具なら学校出てすぐのホームセンターで調達できそうだねー」

「うん。・・・・ねえ、瀬名くん」


 凜ちゃんが急ににやっとして話しかけてきた。


「さみしい?」

「ん?何が」

「あかりが離れてに決まってんじゃんー」


 にやにやしている凜ちゃんにわざとらしくため息をついてみせて、俺は答える。


「別にぃ?」

「え~?ほんとかなぁ?」

「ほんとですー」

「えー、私は少し寂しいけどなぁ・・・・」


 さっきまでのふざけた感じから一転、急に改まってそう言う凜ちゃんに驚いてついそちらを向く。


「・・・・あかりはいつも私のバカなことに付き合ってくれててさ、どんだけ突っ走ってもあかりが後ろにいるって思えばなんにも考えずに全力になれた」

「・・・・」


「けど友達が増えれば、私のことばかりを気にしてもいられないじゃん?それがちょっと・・・さみしい」

「・・・うん」

「あっ、もちろんあかりに友達が増えること自体はいいことだし、それを否定する気はないけどね・・・!?」

「わかってるよ」


 言わないつもりだったけど・・・、凜ちゃんが本心を話してくれたのに、俺は話さないって言うのは不公平な気がした。


「ほんと言うと俺も同じだもん。あかりちゃんに友達が増えてよかったって思う反面、ちょっとさびしいって思う」

「あ、やっぱそうなんだ」

「気づいてたんならいじらないでよ」

「いやだって珍しかったんだもん、瀬名くんがちょっとさみしそうなの」


 そんなにはたから見てわかるほどさみしそうだったんだろうか。
 凜ちゃんの言葉で若干不安を覚えた俺に、凜ちゃんがあわてて付け足す。


「あっ、でもこれはたぶん私しか気づいてないと思う!」

「なんで?」

「だって瀬名くん、あかりといるとき普段より楽しそうなんだもん。私はあかりの隣でその様子を何回も見てたからさ、なんか違うなって気づけただけ」

「あー・・・それもそれでなんか恥ずかしいけど」


 俺、あかりちゃんといるときそんなあからさまにうれしそうなのか。

 はたから見てさみしそうなのがバレるのも恥ずかしいけど、うれしそうなのがバレるのもなんか癪だ。


「っていうかさ、一回聞いときたかったんだけどね」


 凜ちゃんはまた改まって切り出す。

 今日は改まった凜ちゃんがよく発動するけど、なんだろう、明日槍でも降るのだろうか・・・・。


「瀬名くんってあかりのことどう思ってるの?友達?それとも・・・・」

「・・・・・」


 どう?
 俺があかりちゃんのことをどう思っているか・・・?

 俺はなんとなく答えに詰まって、しばらく話し出せなかった。
 というよりかは、答えがわからなかった。

 友達・・・、でいいんだけど、なんかそれだとしっくりこない。
 友達なんて言ったらその辺にいる女の子みんなそうだけど、あかりちゃんがその一人って言うのはなんか・・・・、なんか、違う・・・。

 かといって親友って感じでもない。
 俺は昔からきょーちゃんっていう親友がいるけど、そいつとの関係ともなんか違う。


「・・・・」

「・・・・ま、答えが出たらまた教えてよ。とりあえず今は急いで買い出し終わらせなきゃ」


 凜ちゃんは考え込む俺を見かねてそう言ってくれた。

 答えが出たら・・・・か。

 ぼんやりと凜ちゃんの言葉を反芻しながら、俺たちは急ぎ足で学校を後にするのだった。